『キラー・エリート』

『キラー・エリート』

原題:“Killer Elite” / 原作:ラヌルフ・ファインズ(ハヤカワ文庫・刊) / 監督:ゲイリー・マッケンドリー / 脚本:マット・シェリング / 製作:シガージョン・サイヴァッツォン、スティーヴン・チャスマン、マイケル・ボーゲン、トニー・ウィンリー / 製作総指揮:クリストファー・マップ、マシュー・ストリート、デヴィッド・ウィーリー、ピーター・D・グレイヴス / 撮影監督:サイモン・ダガン,A.C.S. / プロダクション・デザイナー:ミシェル・マクギャーエイ / 編集:ジョン・ギルバート,A.C.E. / キャスティング:リー・ピックフォード、モーラ・フェイ・キャスティング / 音楽:ジョニー・クリメック、ラインホルト・ハイル / 出演:ジェイソン・ステイサムクライヴ・オーウェンロバート・デ・ニーロ、ドミニク・パーセル、エイデン・ヤング、イヴォンヌ・ストラホフスキーベン・メンデルソーン / アンビエンス・エンタテインメント製作 / 配給:Showgate

2011年オーストラリア作品 / 上映時間:1時間57分 / 日本語字幕:種市譲二 / PG12

2012年5月12日日本公開

公式サイト : http://killer-elite.jp/

ユナイテッド・シネマ豊洲にて初見(2012/05/12)



[粗筋]

 1980年代、世界は混沌のなかにあった。各国間の抗争が繰り返され、謀略、暗殺が際限なく繰り返され、そのなかを多くの“殺人のエリート”たちが跳梁していた。

 ダニー(ジェイソン・ステイサム)は超一流の暗殺者であったが、メキシコでの“仕事”で危うく子供を殺しかけ、手傷を負ったことで己の稼業の罪深さを悟り、現役を退いた。しかし1年後、オーストラリアの郷里で静かに暮らしていた彼のもとに、小包が届く。そこに収められていたのは、捕虜となったかつての相棒・ハンター(ロバート・デ・ニーロ)を撮した写真であった。

 ハンターはオマーンに亡命していた、イスラム系指導者イッサのもとに囚われていた。意志から余命半年と告げられたイッサは、残された唯一の息子を“砂漠の王”に返り咲かせるためにも、殺された3人の息子の復讐を遂げることを決意、その仕事をハンターに依頼したのだ。しかし、依頼の内容を知らなかったハンターはこれを拒絶、イッサはそのハンターを人質に、代理としてダニーに仕事をさせることにしたのである。

 やむなく仕事を引き受けたダニーはフランス・パリに渡り、かつての仕事仲間であるデイヴィス(ドミニク・パーセル)とマイヤー(エイデン・ヤング)を招き、計画を練る。

 決して容易な仕事ではなかった。何故なら、イッサの息子たちを殺したのは、当時オマーンで作戦行動を重ねていた、英国陸軍特殊空挺部隊――SASのメンバーであることが確実なのである。SASは世界屈指の特殊部隊であり、敵にするには手強すぎる。だが、それでもやらないわけにはいかなかった。

 唯一、判明している殺害者の周囲を探りはじめたダニーたちだったが、しかしそんな彼らにさっそく目をつけた者がいた。かつてSASに所属、眼を負傷したことで引退したが、その後もSASのOBによって結成された自警団的な組織“フェザー・メン”の一員として秘密工作に携わるスパイク(クライヴ・オーウェン)である。

 イッサの依頼通り、最初の獲物を“事故死”に装って始末することに成功したダニーたちだったが、スパイクらはそれが暗殺であることを見抜き、本格的にダニーたちを追い始める。かくして、狩人と狩人の、壮絶な暗闘が始まった――

[感想]

 本篇は、SASを巡る暗闘を描き、その真偽についてイギリス国内でも物議を醸したラヌルフ・ファインズの“小説”に基づいている。著者本人はどこまでが事実でどこまでが虚構なのか曖昧な発言を繰り返し、映画は冒頭で“真実に基づく物語”としているが、率直に言えば、真偽はどうでもいい。この作品の魅力は、“あり得るかも知れない”暗殺者と特殊工作員、そして彼らの背後にいる国家間の闘争を巡る複雑な駆け引きを、一定のリアリティで描き出しつつ、アクション・サスペンスとしての外連味を巧みな匙加減で盛り込んでいることにある。

 アクションのひとつひとつはいい意味でも悪い意味でも映画的だ。プロローグとして描かれる、ダニー現役時代最後の仕事は、爆弾で車を吹っ飛ばす過程を含めた作戦があまりに視覚を重視しすぎているし、暗殺者ダニーともと特殊工作員スパイクが初めて直接拳を交えるのが、追跡劇の結果とは言え病院の一室というのはちょっと不自然に思える。日本での公開に先駆けてネット配信されていた、屋根を渡り歩く逃走劇のくだりなども、インパクトはあるがあまりにアクション映画としての外連味が強い。

 しかし、それに比肩するくらい、本篇で描かれる国際事情、暗殺者や特殊部隊の生態には異様なリアリティが備わっている。引退しても、その実力を求める人間によって強引に駆り出されるダニー、仕事内容も知らずに引き受け泥沼に陥るハンター。彼らを追うのが、特殊部隊を退いたあとも戦争に絡み、汚れ仕事に携わる男達、というのも他の映画では珍しいが、しかし妙な説得力がある。

 それぞれの信念、能力にもばらつきがあり、それが複雑に縺れるさまもまたリアルだが、そのために物語の先読みがしづらく、異様な緊迫感が終始漲っている。引退を決意した際の経緯ゆえに、ダニー自身は周囲に累が及ぶことを警戒しているが、彼が招き入れた仲間たちは、計画が悟られそうになっただけで躊躇なく人を殺す。恐らくは仲間たちの行動のほうが、戦争を糧に生きる人々のなかでは正解なのだろうが、依頼の主旨からすると極めてリスキーであると同時に、ダニー自身の心の傷をも刺激して、感情的にも理性的にも物語を揺さぶる。他方で、ダニーやスパイクほど技術にも順応性にも恵まれていない面々が予想外のトラブルを引き起こして、更に事態を混迷に導く。強い者が活躍し、拳を交えて勝敗を決する、というシンプルな構図は、本篇においてはまったく存在しない。アクションとしての面白さをきっちり詰めこみながらも、本篇はそれらをドラマと共鳴させ、血肉を通わせている。

 脇役も非常に堅実に物語を支えているが、やはり特筆すべきは知名度の高い3人のメイン・キャストだ。クライヴ・オーウェンは片眼の光を失う、というハンデを抱えながらも徹底したプロフェッショナルぶりでダニーを脅かす特殊工作員を重厚に演じ、ステイサムを引き立てている。驚異的な変貌で斯界を唸らせたデ・ニーロは、本篇では決して作り込んでいない人物像をしかし飄然と表現、ステイサム演じるダニーの原動力でありながら背後から支える、という立ち位置を貫禄でこなしている。そして主人公ダニーに扮したジェイソン・ステイサムは、他の映画と演技の質に大きな違いはないが、作を数えるにつれて増した渋みを本篇において遺憾なく示しつつ、クライマックスではリアルだが技巧的なアクションを披露して、終始作品をコントロールしている。既にアクション・スタートして地位を確立した感のあるステイサムだが、本篇での仕事ぶりは絶頂と言っていい。

 混沌とした勢力図のなかにあって、感情的に揺さぶられながらも、最後まで毅然と振る舞おうとする男達の姿に矜持が滲み、魅せられずにいられない。国際戦争のなかに暗躍する男達の懊悩をきちんと描きながらも、エンタテインメントとしての力を最後まで示した傑作である。クライマックスで男達が選んだ道も、作品そのものが選んだ道も、実に清々しい。

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