『テルマエ・ロマエ』

『テルマエ・ロマエ』

原作:ヤマザキマリ(enterbrain・刊) / 監督:武内英樹 / 脚本:武藤将吾 / 製作:亀山千広、市川南、寺田篤、浜村弘一 / プロデューサー:稲葉直人、菊地美世志、松崎薫 / 撮影監督:川越一成 / 照明:鈴木敏雄 / 美術:原田満生 / 編集:松尾浩 / 衣装:纐纈春樹 / 視覚効果:阿部友幸 / VFXプロデューサー:西尾健太郎 / 音楽:住友紀人 / 主題歌:ラッセル・ワトソン『誰も寝てはならぬ』 / 出演:阿部寛上戸彩北村一輝竹内力、宍戸開、勝矢、キムラ緑子笹野高史市村正親、外波山文明、飯沼慧、岩手太郎、木下貴夫、神戸浩内田春菊松尾諭森下能幸蛭子能収 / 制作プロダクション:フィルムメイカーズ / 配給:東宝

2012年日本作品 / 上映時間:1時間48分

2012年4月28日日本公開

公式サイト : http://thermae-romae.jp/

TOHOシネマズ西新井にて初見(2012/05/01)



[粗筋]

 2世紀、最も繁栄したころの神聖ローマ帝国

 庶民が愛好する浴場=テルマエの設計技師であるルシウス(阿部寛)は、だが最近仕事にあぶれつつあった。頑固で、昔ながらのくつろげる浴場作りを志すルシウスは、今般流行りの新奇なデザインに馴染めずにいたのである。だが、このままでは仕事を失ってしまう――友人マルクス(勝矢)に誘われ赴いた浴場で湯船に沈み思案していたルシウスは、浴槽の隅に空いた穴に気がついた。何気なく覗きこんだルシウスは、激しい水流に呑みこまれ――気づいたとき、見知らぬ場所にいた。

 ルシウスはそこを、ローマ帝国の軍門に降った属州から集められた奴隷の浴場だと思いこんでいたが、実は2012年、日本の銭湯に彼は飛ばされていた。お馴染みの富士山の壁画をヴェツピオス火山の壁画と思い込み、蛇口や精巧なプラスチック製の風呂桶に慄然とし、知らず迷い込んだ女湯で殴り倒されたあと、男風呂の客に与えられたフルーツ牛乳の、ローマでは経験したことのない旨さに、ルシウスは言いようのない敗北感を味わい、涙を流す。

 ふたたび気づいたとき、ルシウスはもとのテルマエにいた。夢か、と思ったが、傍らに転がるフルーツ牛乳の瓶を見て、愕然とする。

 数ヶ月後、ルシウスの境遇は一変していた。彼はそうとは知らず目撃した銭湯のスタイルを採り入れたテルマエを設計、その“斬新”な発想は大きな反響を呼び、ルシウスは一躍、人気の設計技師となっていた。

 しかしルシウス自身は不満を隠せずにいる。何故なら、一連のアイディアはすべて彼が目にした、“平たい顔の一族”のテルマエを模倣したに過ぎず、しかもクオリティは劣る。煩悶する彼のもとに、驚くべき人物からの呼び出しがかかった。

 ルシウスが設計した浴場で彼を待っていたのは、何と時の皇帝ハドリアヌス(市村正親)である。一部では暴君と囁かれる皇帝は、だがルシウスに民衆の憩いの場が必要であることを訴え、自らの別荘のためにテルマエを設計することを依頼した。

 文字通りそれはルシウスにとって“身に余る光栄”だった――彼は何とかハドリアヌスの期待に応えようと頭を絞り、遂にはふたたび“平たい顔の一族”のもとを訪ねたい、と切望する……

[感想]

 原作は累計500万部を突破したベストセラー漫画である、が私は読んでいない。評判は聞き及んでいたものの、機会がなく今まで触れずに来ている。ただ本篇は劇場およびテレビでかかっている予告篇がやたらに魅力的だったため、この際、予習なしでも観たい、と思ってしまった。

 鑑賞してみると、いい意味で予想通りの面白さである。

 漫画の実写映画化、として本篇最大の着眼は、物語の半分以上を占める、2世紀頃のローマのキャストに、敢えて日本人俳優を配したことにあるのは、たぶん誰しも異存のないところだと思う。主演の阿部寛を筆頭に、皇帝ハドリアヌス市村正親、皇帝の後継者候補ケイオニウスに北村一輝、皇帝の側近アントニウスを宍戸開、といずれも“外人と見紛うばかりに濃い顔”の俳優をあてがっている。この納得のいく意外性が、まず日本人にとっては極めてキャッチーだ。

 しかもそのうえで、ローマ帝国のエキストラや名前のない脇役などには本当のイタリア人を配し、作中のローマ帝国の場面では基本的に吹替で日本語を喋らせる、という、書き出すとしちめんどくさく思えるひねりを施しているのが絶妙だ。こうすることで、本篇の世界観にいい意味での漫画っぽさが備わり、全篇のコミカルな雰囲気といい調和を醸している。もし妙なところでリアルにこだわり、日本人キャストに終始ラテン語を喋らせたりしていたら、この不思議な心やすさは感じなかっただろう。

 原作ではどうなっているのか知らないが、本篇におけるタイムトリップには、明確な規則性がない。いちおう終盤ではちょっとした種明かしがあるものの、いまいち説得力に欠けるし、そもそもあまり重要に捉えていないと思われる。そこに拘るような人は基本的に、本篇を受け付けられないだろう。タイムトリップの厳密さよりも、2世紀のローマ人と21世紀の日本人の、入浴文化の珍妙な交流こそが本篇の面白さであり、絶対的な主題なのだ。

 その面白さの探究ぶりは徹底している。最初のタイムトリップで、日本人を属州の奴隷たちとまず勘違い、見下していた彼らの“発達”した浴場の有様に逐一ショックを受ける。再来したときには個人の家に設けられた浴室に衝撃を受け、見よう見まねでローマにそれを再現する。随所で受けるカルチャーショックのさまが実に愉しい。

 粗筋では省いたが、ここに現代日本の登場人物を絡めることで、ストーリー的な膨らみと収拾のきっかけとを齎しているのも巧い。終盤、ルシウスと日本の風呂文化に関わる人々とが成り行きとはいえ手を携えて窮地に臨むさまは、コメディという基本を保ちつつもきちんと感動的なクライマックスを生み出している。

 もうひとつ出色なのは、映像作りである。わざわざイタリアのオープンスタジオを利用したという広場のヴィジュアルもさることながら、日本国内でもセットを設営し、CGに依存せずに作りあげた大浴場の、日本流とローマ流の溶けあった不思議な光景が繰り広げられるさまだけでも見応えがある。話の都合上、そこにいるのはたいていむさ苦しい男達ばかりなのに、絵面に不快感がないことも特筆すべきだろう。

唯一の華となるべき上戸彩演じる真実は、設定の都合上、お色気シーンはない――とは言い条、ワンポイントとして快い“甘さ”を添える役割を果たしていて、物語的にも映像的にも貢献しているのは確かだ。ラスト、付録的に入浴シーンが盛り込まれているわりに、そこではほとんど色香を感じさせない一方、銭湯の脱衣所で初登場した際のほうが妙に艶めかしかったことが個人的には印象的だった。

 ともあれ、細かくツッコミどころはあるが、それはコメディゆえの意図した緩みである。随所に笑いどころがあり、盛り上がりも感動する場面もあって、観終わっての余韻にも濁りがない。まさに温泉のような、快い温かさのある良品である。難しいことは考えずに浸りたい。

関連作品:

センチュリオン

ステキな金縛り

あずみ2 Death or Love

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