『ウィンターズ・ボーン』

『ウィンターズ・ボーン』

原題:“Winter’s Bone” / 原作:ダニエル・ウッドレル(AC Books・刊) / 監督:デブラ・グラニック / 脚本:デブラ・グラニック、アン・ロッセリーニ / 製作:アン・ロッセリーニ、アリックス・マディガン=ヨーキン / 製作総指揮:ジョナサン・ショイヤー / 撮影監督:マイケル・マクドノー / プロダクション・デザイナー:マーク・ホワイト / 編集:アルフォンソ・ゴンサルヴェス / 音楽:ディコン・ハインクリフェ / 出演:ジェニファー・ローレンスジョン・ホークスシェリル・リー、デイル・ディッキー、ギャレット・ディラハント、ローレン・スウィートサー、アイザイア・ストーン、アシュリー・トンプソン、ケヴィン・ブレズナハン、テイト・テイラー、ケイシー・マクラーレン、ロン・“ストレイ・ドッグ”・ホール / アノニマス・コンテント/ウィンターズ・ボーン・プロダクション製作 / 配給:Broadmedia Studios

2010年アメリカ作品 / 上映時間:1時間40分 / 日本語字幕:杉田朋子 / PG12

2011年10月29日日本公開

公式サイト : http://www.wintersbone.jp/

TOHOシネマズシャンテにて初見(2011/12/02)



[粗筋]

 ミズーリ州に横たわるオザーク山脈で暮らすリー・ドリー(ジェニファー・ローレンス)は、17歳にして一家の大黒柱に据えられてしまった。父のジェサップは覚醒剤密造の罪で逮捕され、現在家を空けている。母親は過酷な現実に耐えられず心を病み、もはやまともな会話も成立しなくなっていた。弟のソニー(アイザイア・ストーン)、妹のアシュリー(アシュリー・トンプソン)、ふたりとも幼く、結果的にリーが支えるしかなかったのだ。

 しかし、そんな彼女に、更に過酷な報せが届く。裁判を前に、父が保釈金を支払って拘置所を出たまま、行方をくらましているのだという。保釈金の支払にはリーたちが暮らす家と周辺の森が担保になっており、もしこのまま出頭しなければ、リーたち家族は家を奪われることになる。リーは父親の行方を捜すべく、心当たりを訪ねることにした。

 彼女たちが暮らす一帯では、親族が独特の絆で結ばれ、そこには堅い掟が存在する。ジェサップがドラッグの密造に手を染めていたのも、半ば家業のようにあてがわれた仕事だった。まずリーは、伯父にあたるティアドロップ(ジョン・ホークス)のもとに向かうが、ティアドロップの反応は厳しかった。父親を捜したりせず、大人しく家にいろ、というのである。

 訝りながらもリーは続いて、父と共に密造を担当していたリトル・アーサー(ケヴィン・ブレズナハン)に話を聞くが、この男も怯えた様子で話をしようとはしない。リトル・アーサーのもとに案内したメーガン(ケイシー・マクラーレン)は、親族のなかでも最も影響力のあるサンプ・ミルトン(ロン・“ストレイ・ドッグ”・ホール)を頼ってはどうか、と提案するが、サンプはリーに逢おうとさえしなかった。

 どうやら父は、一族の掟に背く行いをしたらしい、と察するリーだが、かといって探さずに放置すれば、一家が路頭に迷ってしまう。周囲の警告、脅しにも屈することなく、リーは父の姿を追い求め続けた――

[感想]

 都市に住んでいるとそうは感じないが、人間同士のしがらみは、もつれ合うと容易にはほどけない。まして、周囲の人々がみな血縁で結ばれたような土地柄ではなおさらである。

 多くの映画では、こうしたコミュニティの閉鎖性が外来者の目線で綴られ、恐怖や恩讐のドラマとして膨らませて描かれる。

 本篇もまた、広くはこうしたモチーフを取り扱った作品のひとつとして数えられるが、特徴的なのは、視点人物、実質的な語り手が外から来たのではなく、中にいる少女である、ということだ。

 少女にとっては、この共同体における一族のルールは常識であるため、作中、この一族が全体でどんな生業を営んでいるのか、どんなルールに基づいて行動を判断しているのか、なかなか詳らかにはならない。しかし、彼女の言動、それに対する周囲の反応から少しずつ透け見えてくる。法よりも、絆やしがらみの方が強固であり、畏怖を以て語られる異様さは、観る者にもじわじわと、リーの感じる恐怖を感染させる。

 こうした設定と、求められる描写が調和した結果、まるでハードボイルドのような味わいになっているのが面白い。苦境にあっても折れず、家族を守るために雄々しく果敢に振る舞うヒロイン。ルールを犯したが故に脅迫されリンチを受けても、なお立ち向かおうとする様は、不屈の私立探偵、という趣だ。

 だが、それでいて本篇は、間違いなく女性の物語でもあるのだ。男中心の社会で、耐えられずに心を壊される女――リーの母親のような――がいる一方で、多くの女たちは自らの立場を見極め、したたかに振る舞っている。横暴な男と結婚したリーの旧友は、しかし「車を貸すな」という夫の命令に背いてリーに力添えをするし、リーにそれとなく手を貸す者も、厳しく警告を与える者も、抑圧を滲ませながらも決して佇まいに弱さはない。どちらかと言えば昔からのしがらみに安住しているだけの男たちに比べれば、女たちのほうにより力強さを感じる描き方だ。本篇の、既視感のある光景を積み重ねているのに、決して月並みにならない独特な印象は、こうした女性達の存在感に因っている。

 父親の行方探し、という謎解きを取り扱ったミステリー、と言えるが、しかし本篇は明確な答を提示しない。謎めいた描写のひとつひとつを紡いでいけば真相に辿り着けるようにも思われるが、少なくとも本篇のドラマは、真実を重要視していないことは確かだ。大切なのは、そうすることの目的、なのである。安易な正義感や社会的使命感に溺れることなく、最後まで“自分と家族が生き延びること”に徹した描写は、謎が明白に解かれていないにも拘わらず、清々しい余韻を齎す。

 本篇は題名通りに、終始寒い冬の出来事が綴られる。境遇面でも冬の厳しさに晒されるヒロイン・リーの姿は悽愴だが、しかしだからこそ裡に秘めた逞しさが感じられる。冬の寒さを自らの力で乗り越え、春を導きつつあるからこそ、本篇ははっきりとした謎の解明がなくとも、視界が開けるかのような感覚を生み出しているのだ。

 派手さはないが、力強い。過酷だが、それを必死に乗り越える姿に、勇気づけられる心地さえする。圧巻、である。

関連作品:

あの日、欲望の大地で

X-MEN:ファースト・ジェネレーション

コンテイジョン

トゥルー・グリット

コメント

タイトルとURLをコピーしました