『探偵はBARにいる』

『探偵はBARにいる』

原作:東直己バーにかかってきた電話』(ハヤカワ文庫JA刊) / 監督:橋本一 / 脚本:古沢良太須藤泰司 / プロデューサー:須藤泰司、上田めぐみ、今川朋美 / 撮影監督:田中一成(J.S.C.) / 照明:吉角荘介 / 美術:福澤勝広(A.P.D.J.) / 装飾:大庭信正 / 編集:只野信也 / アクションコーディネーター:諸鍛冶裕太 / 音楽:池頼広 / テーマ曲:カルメン・マキ『時計をとめて』 / 出演:大泉洋松田龍平小雪西田敏行田口トモロヲ、浪岡一喜、有薗芳記竹下景子石橋蓮司高嶋政伸、マギー、安藤玉恵榊英雄片桐竜次、桝田徳寿、カルメン・マキ、本宮泰風、吉高由里子街田しおん阿知波悟美野村周平新谷真弓中村育二 / 製作プロダクション:東映東京撮影所 / 配給:東映

2011年日本作品 / 上映時間:2時間5分 / PG12

2011年9月10日日本公開

公式サイト : http://www.tantei-bar.com/

TOHOシネマズ西新井にて初見(2011/09/10)



[粗筋]

 俺(大泉洋)は札幌の歓楽街ススキノを根城にする探偵だ。依頼があれば、ケラー・オオハタというバーに夜、電話をかけてくれればいい。

 だが、その晩かかってきたのは、疫病神からの電話だった。“コンドウキョウコ”と名乗るその女は、予め俺の口座に10万円を振り込んだ上で、ごく簡単な頼み事をしてきた。南(中村育二)という弁護士に、「去年の2月5日、カトウはどこにいたか」と訊ね、その反応を報告して欲しい、というのである。女の態度に最初は不審を抱いた俺だったが、結局は引き受けた。

 ――結果、俺は雪原に埋められる羽目になった。

 脅しのつもりだったのだろう、拉致した男(高嶋政伸)は俺の腕を緩めに縛っていたため、どうにか命は繋ぎ止めた。その夜、ふたたび電話してきた“コンドウキョウコ”に俺は紳士的に抗議したが、彼女はどこ吹く風で、「またお願いする」と一方的に通話を切る。

 深入りするつもりはなかったが、南という弁護士に復讐しなければ気が済まなくなった。俺は旧知の新聞記者・松尾(田口トモロヲ)や、勢力は弱まったものの未だ地元に根を張っている暴力団・桐原組の幹部・相田(松重豊)の協力も仰いで、南という弁護士についての情報を集める。

 案の定というか、この男、実にきな臭い。不況の中、地上げを重ねてススキノの各地に建てられたビルの法務関連に関わっており、そんな中に2年前、火災で焼失したビルが一軒あった。俺を拉致した男が出入りしていた、“則天道場”というところの門弟である少年が放火のあとシンナー中毒死しているが、どう考えても消された可能性が強い。そして、この火災で出た唯一の死者の名前が、“近藤京子”――

 電話の主である“コンドウキョウコ”には依然として腹を立てている。だが、この成り行きに、俺は興奮を抑えられなかった――

[感想]

 理屈抜きで、面白い。そう言いきるのは、いちおう映画の感想を継続的に披露している身としては多少覚悟が要るのだが、本篇の場合は躊躇を感じなかった。

 冒頭から、観る者の心を掴む手管が巧みだ。何の説明もなく始まる、建物の屋上からの逃走劇。あれよあれよと言う間に、屋根を伝い、山と積まれた雪の上を滑って路地へと逃げる探偵。雪の山に叩きつけられ暴行を加えられるかと思えば、相棒の高田が救出に駆けつけると、雪かきのために用意されていたスコップで反撃する。非常に勢いのいいこのシークエンスだけで、探偵の魅力と北海道・ススキノという舞台ならではの空気を見事に描ききっている。

 予め原作を読んでから本篇を鑑賞したのだが、大泉洋という俳優は、必ずしも原作の“探偵”というイメージではない。だが、タレントとしての本人のイメージが重なる、ひと癖もふた癖もあるが細かく笑いを攫う振る舞いが、魅力的なキャラクターを生み出し、観る者がそうと気づかぬうちに作品世界に引き込んでしまう。

 彼に限らず、本篇は登場人物が一様に魅力的だ。バイトで探偵の運転手を務め、格闘の腕もあるが何よりも眠ることを優先する高田を筆頭に、クレイジーな色香を発する襲撃者、両刀遣いの新聞記者、異常に大胆すぎる服装で必死に探偵にアピールする喫茶店の看板娘、探偵たちとの乱闘でブチ切れる則天道場の男などなど、忘れがたい人物がやたらと顔を揃えている。事件の中で重要な役割を果たす、果たさないに拘わらず、そのすべてが作品の空気作りにきっちりと寄与している構成が見事だ。

 原作はシリーズの中でも特にミステリとして評価が高いが、読んでみると探偵のあっけらかんとした性格、序盤のスラップスティックな展開に対して、中盤でいささか湿っぽくなりすぎ、ストーリーが事件の重みに引きずられてしまう感があったのが難点だった。しかしこの映画版では、探偵のユーモラスな振る舞い、高田との絶妙な掛け合いなどを鏤め、クライマックス手前までいい意味での軽さを保っている。

 そうして和らげた情緒的な部分を、クライマックスでまとめて注ぎ込んでくる。細かな逆転劇を繰り返した挙句に明かされる真実と、それに対する探偵の反応が、提示されてきた背景、探偵の感情表現とうまく折り重なり、観ていて気持ちが揺さぶられる。

 そして、エンディングが秀逸だ。終盤の展開はほぼ原作と一緒で、どうしても余韻は苦めになってしまいそうなものだが、そこにひとつ、エピソードを添えることで、苦さは留めつつもひと匙の優しさを加えている。基本的に原作の筋書きを尊重しながら、このように要点を押さえた脚色が随所に施してあり、原作のファンでも恐らくほとんど不満を抱くことはないはずだ。

 ミステリとして優秀なプロットを築いているが、それ故にいささか込み入りすぎていて、話が終わっても、ある人物の行動が腑に落ちないままになる可能性があるのがやや引っ掛かるが、しかし観ていてその点を気にする人は少ないだろう。軽妙な掛け合いに、泥臭いが迫力のあるアクション、そして何より、ススキノを中心に、北海道の生活感に満ちあふれた作品世界に、いつまでも浸っていたくなる。

 幸いに原作は長寿のシリーズものである。是非とも同じスタッフとキャストで、他の作品の映画化も目指していただきたい――そう懇願したくなるほどに、隅々まで魅力的な傑作である。主演の大泉洋も意欲を持っているシリーズ化を実現するために、ちょっとでも気になった方には、是非とも劇場に足を運んでいただきたい。きっと、損はしないはずだ。

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