『昼下りの情事』

『昼下りの情事』 オードリー・ヘプバーン 生誕80周年 『昼下りの情事』+『想い出のオードリー』スペシャルDVDボックス(2枚組)

原題:“Love in the Afternoon” / 原作:クロード・アネ / 監督&製作:ビリー・ワイルダー / 脚本:ビリー・ワイルダー、I・A・L・ダイアモンド / 撮影監督:ウィリアム・C・メラー / 美術監督:アレクサンダー・トゥローナー / 編集:レオニド・アスナール / 音楽:フランツ・ワックスマン / 出演:オードリー・ヘップバーンゲイリー・クーパー、モーリス・シュヴァリエ、ジョン・マッギーヴァー、ヴァン・ドード、ザ・ジプシーズ / 配給:松竹×セレクト / 映像ソフト発売元:20世紀フォックス ホーム エンターテイメント

1957年アメリカ作品 / 上映時間:2時間14分 / 日本語字幕:?

1957年8月15日日日本公開

2009年11月6日映像ソフト日本最新盤発売 [DVD Video:amazon|生誕80周年記念特別パック:amazon]

第1回午前十時の映画祭(2010/02/06〜2011/01/21開催)上映作品

第2回午前十時の映画祭(2011/02/05〜2012/01/20開催)《Series1 赤の50本》上映作品

TOHOシネマズみゆき座にて初見(2011/03/16)



[粗筋]

 昼となく夜となくロマンスの花開く街・パリ。この地で様々な男女間のトラブルを扱ってきた私立探偵クロード・シャヴァス(モーリス・シュヴァリエ)はこの日もひとつの不倫の事実を突き止めた。ロンドン在住のX氏(ジョン・マッギーヴァー)の依頼で彼の妻を追っていたシャヴァスは、彼女がリッツ・ホテルのスイートに滞在するフランク・フラナガン(ゲイリー・クーパー)と落ち合っている場面を写真に収める。

 このフラナガンという男は世界を股に掛ける実業家であると同時に、シャヴァスにとって一種の“お得意様”だった。世界各地で浮き名を流し、交際した女性の中には深入りするあまり自殺未遂を起こした者もいる。そうした事実をX氏に包み隠さず話したところ、X氏はフラナガンを殺す、と息巻いてシャヴァスの事務所をあとにした。

 扉1枚挟んだところで、この話を聞いていたシャヴァスの娘アリアーナ(オードリー・ヘップバーン)は驚いた。音楽学校に通う彼女は、授業中もそのことが気にかかり、思いあまって放課後に、同級生ミッシェル(ヴァン・ドード)の運転でリッツ・ホテルに駆けつけた。X氏が凶行に踏み切る、と口にしていた時間の直前にヴェランダからフラナガンのスイートに侵入すると、事情を話し、一計を講じる。X氏の妻を先に帰らせ、自分が代わりに逢い引きの相手を装ったのだ。

 現れたX氏はアリアーナにすっかり騙され、シャヴァスが相手の女だけ間違えたのだと解釈、恐縮しながら立ち去っていった。ほ、っと安堵するアリアーナだったが、フラナガンは突如現れた、この事情通の女性に関心を示し、さっそく口説き始める。父から彼の女たらしっぷりを聞かされていたアリアーナは懸命に拒絶するが、同年のミッシェルとはまるで違う、積極的で女心を弁えた囁きに魅せられてしまう。そして、翌日の午後にふたたびこのスイートを訪れることを約束させられてしまうのだった……

[感想]

 題名の印象から、もっと艶っぽい内容を想像したくなるが、古い映画、それも表現の規制を受けておらず、そのうえオードリー・ヘップバーン主演なのだから、当然のように直接的な性描写など一切ない。万一そういうものを期待されていた方にはお生憎様、と言うところか。

 だが、にもかかわらず本篇のオードリーは、不思議な艶っぽさがある。本篇よりもあとに製作された『シャレード』ではより年齢を重ね、かなり生々しいやり取りを挟んでいたが、あちらよりも本篇のほうが、は、っとさせられるような色香を纏っている。

 それもこれも、本篇でのアリアーナという役柄が、この時期のオードリーの年齢とムードに驚異的に溶け込み、彼女の魅力を最大限に発揮させているからだろう。序盤の少々無邪気すぎるほどに好奇心の旺盛な少女然とした振る舞いが、フラナガンとの逢瀬を経て、級に艶めかしさを増す。プレイボーイである彼に対抗しようと虚勢を張る様には、いかにも子供っぽい自尊心が観客には濃密に窺える一方で、男を振り回す小悪魔的な魅力も同時に発揮している。この表情の多彩さは、未だに名作の誉れ高い『ローマの休日』以上にオードリーという稀代の女優の力を活かしていると言っていい。

 物語自体の強度も驚異的なレベルにある。名匠ビリー・ワイルダー監督らしく、伏線の張り巡らせ方、描写の活かし方が実に緻密なのだ。ヒロインが、駆け引きに慣れきったフラナガンを翻弄するうえで、彼女が探偵の娘である、という設定が終始活用されているし、単にある展開への導入として用いられていたかに見えたモチーフが、あとあと思わぬところで事態を変化させてしまうなど、要素の配置が巧い。

 そのうえ、このシチュエーションならでは、という洒落た描写がふんだんにあって、観ていて実に楽しい。音楽学校の生徒なので、学校帰りには常にチェロのケースを抱えているヒロインだが、これが物語の進行にも駆使される一方で、家の前にぽつんと置き去りにされるような描写を入れて笑いを誘う役も果たしている。ユーモアという意味で出色なのは終盤、ヒロインに翻弄されすっかり平静を失ったフラナガンと、彼がパリで女性との逢瀬の際に手伝わせている楽団と酒を酌み交わすくだりだ。酒類を乗せたワゴンが延々、フラナガンと楽団とのあいだを行き来し、そのたびに振る舞いがおかしくなっていく様は見物だ。

 そして、それまでの描写を見事に織り込んだラストシーンの情感が素晴らしい。駅のホームでのやり取りは、単独でも名場面として印象に残るが、全篇通して観たあとだからこそ強烈に胸に響く。突如として冒頭の描写を敷衍した締め括りも鮮やかで、洒脱にして爽快。

 描写のひとつひとつが完璧に噛み合った、秀麗にして洒脱、そして知的なロマンス映画である。最初に記した通り、題名から艶っぽい内容を期待してしまったのなら失望は禁じ得ないだろうが、フィクションならではのコクのあるストーリーは、ロマンスを好まない人であっても――いやむしろそういう観客をこそ唸らせる仕上がりだろう。そして、妖精とまで賞賛されたオードリー・ヘップバーンの魅力の神髄に触れられる、という点でも、存在感に満ちた1本である。

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コメント

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