『キック・アス』

『キック・アス』2010/12/18劇場公開時、劇場前にて撮影。

原題:“Kick-Ass” / 原作:マーク・ミラー、ジョン・S・ロミタJr. / 監督:マシュー・ヴォーン / 脚本:ジェーン・ゴールドマン、マシュー・ヴォーン / 製作:アダム・ボーリング、タークィン・パック、ブラッド・ピット、デヴィッド・レイド、クリス・サイカー、マシュー・ヴォーン / 製作総指揮:ジェレミー・クライナー、スティーヴン・マークス、マーク・ミラー、ジョン・S・ロミタJr. / 撮影監督:ベン・デイヴィス / プロダクション・デザイナー:ラッセル・デ・ロザリオ / 編集:エディ・ハミルトン、ジョン・ハリス、ピエトロ・スカリア / 衣装:サミー・シェルドン / キャスティング:サラ・フィン、ルシンダ・サイソン / 音楽:ジョン・マーフィ、ヘンリー・ジャックマン、マリウス・デ・ヴリーズ、アイラン・エシュケリ / 出演:アーロン・ジョンソンクリストファー・ミンツ=プラッセマーク・ストロングクロエ・グレース・モレッツニコラス・ケイジ、オマリ・ハードウィック、ザンダー・バークリー、マイケル・リスポリ、クラーク・デューク、リンジー・フォンスカ / プランBエンタテインメント製作 / 配給:Culture Publishers

2010年イギリス、アメリカ作品 / 上映時間:1時間57分 / 日本語字幕:松崎広幸 / 字幕監修:町山智浩 / R-15+

2010年9月16日第3回したまちコメディ映画祭in台東前夜祭にてジャパン・プレミア公開

2010年12月18日日本公開

公式サイト : http://kick-ass.jp/

浅草公会堂にて初見(2010/09/16)



[粗筋]

 デイヴ・リジースキー(アーロン・ジョンソン)は、何の取り柄もない高校生だった。成績も運動もそこそこで、女の子たちの眼中にはいっさい入らない、空気同然の男。そんなデイヴがある日、一念発起した。――ヒーローになる決意を固めたのである。その名も、“キック・アス”。

 だが、スーパースパイダーに噛まれたわけでも、特殊装備を整える資金もないデイヴは、初めて挑んだ悪党にナイフで刺され、直後に車で撥ねられる、という実にみっともない醜態を晒してしまった。

 不幸中の幸いと言おうか、デイヴはこのことがきっかけで、少しだけ“ギフト”を頂戴した。全身の骨が粉砕されたため、彼の身体には無数の金属が埋め込まれ、しかも末梢神経の異常が生じて痛みを感じなくなった。ちょっとだけ、ヒーロー向きの肉体を手に入れたのだ。

 それからもうひとつ、憧れていたケイティ(リンジー・フォンスカ)と親しくなることに成功する。但しそれは、大怪我をした際の経緯が周囲に誤解を生み、ゲイだと思いこまれたがための結果だった――故に、手を出したくても出せないジレンマも抱えこむことになったが。

 体力の恢復を待って再び挑んだヒーロー活動は、デイヴの想像以上の成功を収めた。現場に居合わせた人々が携帯電話で録画した映像がYouTubeで流れると、“キック・アス”の話題は一気にアメリカ中を駆け巡り、“覆面ヒーロー”の存在は多くの人が知るところとなる。

 気をよくしたデイヴは、ケイティがボランティアの仕事で、彼女に迷惑をかけた人物のもとへと乗り込んでいく。だがしかし、彼はそこで、予想だにしなかった事態に直面する――“キック・アス”以外の、そして彼よりも遥かに本格派でヴァイオレントなヒーローと遭遇してしまったのだ。

[感想]

 人間誰しも――とまでは言わないが、多くの人が「アニメや漫画で活躍するようなヒーローが実在すればいいのに」と考えたことがあるはずだ。そして同じくらいの人々が、「自分もヒーローになれたらいいのに」と夢想したはずである。だが普通、実際にやるバカはいない。ましてや、超能力どころか、まともな戦闘能力の持ち合わせもないというのに挑む者はいないだろう。

 そういう“常識”を、のっけから打破してしまっている本篇は、だから掴みの時点でほぼ成功している。誰でも持ちうる願望を本気でやってしまう、それこそフィクションの醍醐味なのだから。

 とはいえ、無論それだけで優れた作品になるはずもない。本篇の優秀さは、その面白さを支えるための作り込みが半端ではない、という点にこそある。

 コミックブックのヒーローに憧れる少年が主人公なのだから当然と言えるが、本篇は随所にアメコミ・ヒーローへの言及が鏤められている。序盤、ヒーローになる決意を固めたデイヴが友人たちと交わす会話などで「蜘蛛に噛まれたこともない」とか「ブルース・ウェインは特殊能力は持っていないけど資産家だ」といった具合に、元ネタを知っている者ならニヤリとするような台詞を細かく挟んでいる。そして、そういう考察がそのまま、デイヴという“何も持っていないヒーロー”の悩みに結びついていく構造が巧みだ。

 憧れだけでヒーローになってしまったデイヴの直面する“現実”の組み立ても実によく考えられている。最大の敵はある意味まったくひねりのないギャングだが、そこに“父の仕事に憧れているが、若さ故に相手にされない”“孤独で、デイヴ同様オタクの資質がある”ボスの跡継、という要素を填め込むことで、無能力のヒーローに次いでみっともない、権力以外に何も持ち合わせない悪のヒーローを登場させた。見ようによってはキック・アスよりも人間的で愛嬌のあるこの人物の立ち位置が、本来“圧倒的な暴力と、それに敵対する間抜け”でしかない組織とキック・アスとの対立の構図を、よりヒーロー物のパロディとして強化している。

 そして更に重要なのが、序盤からちらほらとその動向が描かれ、粗筋で記したあとあたりからキック・アスと絡んでいく、ヒット・ガールとビッグ・ダディというもうひと組のヒーローの存在である。

 組織と共に、デイヴに暴力の世界の怖さを叩きこむことになるこのふたりは、キック・アスなどより遥かにヒーローっぽい。特殊能力こそないがちゃんと鍛練を重ね、活動するための資金も備えている。だが当時に、そういうヒーローが抱えていても不思議でないダーティな性質までまざまざと見せつけるのだ。基本、相手を伸すことを念頭にしているキック・アスに対し、このふたりは殺すことをまったく躊躇わない。そもそもヒーローとなるきっかけ自体が異なるせいだが、覚悟の違いを痛感させる彼らの登場は、有り体のヒーロー物とはまったく違う意識の変革を主人公に齎す。

 この辺りの、真っ当で現実的だが、表面化した行動はひたすら滑稽、という流れが本篇のユニークさであり、最大の面白さだ。基本的に現実と物理法則に縛られた話なのに、その制約の中で極限まで弾ける様が実に堪らない。そうした皮肉やパロディ精神が見事に実を結んだクライマックスなど、ひたすら笑えてこの上なく痛快、という、観ていて久方ぶりに経験するような感情の昂ぶりを覚えるほどだ。

 監督のマシュー・ヴォーンはイギリス出身で、もともとはガイ・リッチー監督作品に製作として携わっていた、という前歴がある。音楽を多用したテンポのいい演出にその片鱗が窺えるが、この出自が本篇で最も貢献しているのが、キャラクターの完成度の高さだろう。シリアスな犯罪の世界にユーモアを持ち込むために、キャラクターを明確にして、それぞれの行動や関係性の面白さを際立たせる、という手法が、本篇でうまい具合に活かされている。メインであるキック・アスやレッド・ミストも無論だが、デイヴの友人たちや組織の部下たちの言動にも味があって、見所に欠かない。

 中でも素晴らしいのはヒット・ガールであることは、たぶん誰も反論できないだろう。外見はごく普通の可愛らしい女の子なのに、劇場映画でなければピー音のオンパレードになること請け合いの汚い台詞(実際字幕では一部伏せられている)を駆り、父親から徹底的に格闘術を仕込まれた彼女のダーティな戦いぶりで、正統派アクション映画としてのコクを彼女ひとりで搾り出している。ヒーロー物の要素を敷衍した結果辿り着いた、正統派にして異端と言える彼女の活躍に惚れ込んでしまう人も少なくないはずだ。

 締め括りもまた常道を踏まえながらはみ出しており、最初から最後までくまなくツボを押さえている。映画好きの敏感なところをくすぐり、恐らくはヒーロー物にさほど関心がない人でさえも昂揚させる、大傑作と断じたい――如何せん、暴力描写は容赦がなく、卑猥な表現も随所にあるので、お子様には見せられないし潔癖な人は受け付けないだろうが、ジョークを解する大人なら、きっとその突き抜けたセンスに痺れるはずだ。

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