『マイ・ブラザー』

『マイ・ブラザー』

原題:“Brothers” / 監督:ジム・シェリダン / 脚本:デヴィッド・ベニオフ / オリジナル脚本:スサンネ・ビア、アナス・トーマス・イェンセン / 製作:ライアン・カヴァノー、シガージョン・サイヴァッツォン、マイケル・デ・ルカ / 製作総指揮:タッカー・トゥーリー、ザック・シフ=エイブラムス / 撮影監督:フレデリック・エルムズ,ASC / プロダクション・デザイナー:トニー・ファニング / 編集:ジェイ・キャシディ,A.C.E. / 衣装:デュリンダ・ウッド / キャスティング:アヴィ・カウフマン,CSA / 音楽:トーマス・ニューマン / 主題歌:U2『Winter』 / 出演:トビー・マグワイアジェイク・ギレンホールナタリー・ポートマンサム・シェパード、クリフトン・コリンズJr.、メア・ウィニンガム、テイラー・ギア、ベイリー・マディソン、キャリー・マリガン、パトリック・フリューガー、ジェニー・ウェイド、オミッド・アブタヒ、ナヴィド・ネガーバン、イーサン・サプリー、アーロン・シヴァー、レイ・ブルーイット / 配給:GAGA

2009年アメリカ作品 / 上映時間:1時間45分 / 日本語字幕:栗原とみ子

2010年6月4日日本公開

公式サイト : http://my-brother.gaga.ne.jp/

TOHOシネマズみゆき座にて初見(2010/06/04)



[粗筋]

 2007年冬、サム・ケイヒル(トビー・マグワイア)はふたたびアフガニスタンに出征することが決まった。弟トミー(ジェイク・ギレンホール)と入れ替わるように。

 彼ら兄弟は昔から対照的な人生を送っていた。サムは軍人として着実にキャリアを築き、もとチアリーダーである妻グレース(ナタリー・ポートマン)とのあいだにふたりの子を設け、順風満帆の日々を過ごしている。対するトミーは自堕落な生活を送り、先日まで銀行強盗の罪で刑務所に入っていた。

 周囲の人間はトミーに対して辛く当たるが、たったひとり彼を理解し、受け入れているのがサムだった。時に食い違いながらも、決してふたりの絆は揺るがなかった。

 ――だが、悲劇は突然に彼らを襲う。ある日、グレースの元をふたりの老いた軍人が訪ねてきた。サムを乗せて移動中のヘリコプターが撃墜され、死亡した、というのである。

 家族たちの悲しみは深く、その矛先はトミーに向けられる。葬儀の席でふたりの父ハンク(サム・シェパード)は、お前が死んでこれほどたくさんの人間が悲しんでくれるか、と罵る。唯一の理解者を失い悲嘆に暮れるトミーに、返す言葉はなかった。

 独り身の気軽さで、トミーは夫を失ったグレースのために、しばしば彼女の家を訪れ子供たちの面倒を見るようになった。最初は反感を抱いていた子供たちは、しかしトミーの言動に触れて少しずつ心を許すようになり、それにつれてトミーの心情にも変化が生じていく。

 少しでもグレースが早く立ち直れるようにと、トミーは台所のリフォームを施し、子供たちの遊びにも積極的に付き合った。子供たちと同様にトミーを忌避していたグレースも、そんな彼の変化を間近に眺めているうちに、認識を変えていき――自然にふたりは、惹かれあっていく。

 ……しかし、そうしてようやく取り戻した平穏は、ある“朗報”によって打ち砕かれる。

 サムは、生きていたのだ。

[感想]

 監督のジム・シェリダンが撮った映画『イン・アメリカ 三つの小さな願いごと』は、個人的に思い入れの強い作品である。アメリカに移住した家族の、生活での苦しみと、哀しい過去との戦いを、子供たちの視点を絡めつつ描いた作品であり、時代設定の曖昧さといった弱点はあるものの、娘の歌う『デスペラード』や最後の台詞がいつまでも胸を離れない、優れたドラマに仕上がっていた。

 本篇は、軸を“兄弟”に移しつつもふたたび家族の絆に焦点を置いて描いた作品である。それだけに、個人的に寄せる期待は大きかったが、そういう意味では見事に応えてくれている。

 冒頭とエピローグ部分でサムのモノローグを挿入しているが、基本的にナレーションで説明させることはない。ひたすら淡々と出来事や情景を描くことで、そこに佇む人々の心境を捉えている。下手をすると退屈に陥りそうなものだが、そうならないのは、折に触れアフガニスタン武装勢力に囚われたサムの姿と、しばしば軋轢を起こしながらも少しずつ歩み寄っていくトミーとグレースたち母子の姿を並行して描き、緊張と弛緩を巧みに織り交ぜているからだ。

 しかし、こう言ってしまうのも何だが、本篇においてサムが遭遇する悪夢は、実は詳細は決して重要ではない。無論そこに、戦争が関わる人々に及ぼす影響を描く、といった意図があるのも確かだろうが、本篇はそれ以上に、悲劇に直面した家族の心情、そこから浮き彫りになる絆こそ中心にある。

 物語の中で、サムの直面する困難があまりに際立っているため、目を逸らされそうになるが、しかし彼同様に大きく、確かな変貌を遂げているのは、弟のトミーのほうだ。

 なまじ優れた兄を持っていたために比較され続け、結果として道を踏み外し、兄の妻はおろか実の父にさえ否定的な目で見られていたトミーに、齎された転機が、誰より彼を理解していたサムの“死”であった、という皮肉。だが、そこから少しずつ人と関わり合うようになり、絆を組み直していく様子は、穏やかながら着実で感動的だ。

 ことトミーと、サムとグレースの子供たちとの触れ合いの描き方は巧い。派手な事件こそ起きないが、丁寧な考察の上で演出されているのがあとあと解ってくる。トミーと子供たちが触れ合うシチュエーションが、のちのちサムが帰還したあとで、その悲劇性を濃密にし、更にあるドラマを演出する。特にクライマックス、サムがぽつり、と口にする言葉には、一連の交流をきちんと覚えていた人ならばと胸を衝かれるはずだ。

 個人的に、結末にはもっと奇妙で、苦い展開を予想していたので、少々あっさりした印象を受けたが、しかし普通に考えれば、あれ以外の着地はないだろう。苦しみを共有し、共に受け入れる。まだ人間関係に生じた歪みは解消されていないが、それすらも包みこむようなラストは、冬の冷たい光景とは対照的な暖かみのある余韻を残す。

 トミーがどんな仕事をしているのか不明瞭なままであったり、いくら重要でなかったとはいえ、サムを監禁したテロ組織の目的がほとんど窺い知れないことで、引っかかりを残してしまっているのは惜しまれるが、抒情的だが過剰に湿っぽくならず、観終わったあとも幾つかのシーンを記憶に留める、良質のドラマであることは疑いない。とりわけトビー・マグワイアは、戦地での経験を挟んで、ふたつの表情を鬼気迫る演技で体現しており、彼の代表作のひとつになったと言っていいと思う。

関連作品:

イン・アメリカ 三つの小さな願いごと

悲しみが乾くまで

25時

君のためなら千回でも

ジャーヘッド

マイ・ブルーベリー・ナイツ

17歳の肖像

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