『グリーン・ゾーン』

『グリーン・ゾーン』

原題:“Green Zone” / 原案:ラジブ・チャンドラセカン(集英社・刊) / 監督:ポール・グリーングラス / 脚本:ブライアン・ヘルゲランド / 製作:ティム・ビーヴァン、エリック・フェルナー、ロイド・レヴィン、ポール・グリーングラス / 製作総指揮:デブラ・ヘイワード、ライザ・チェイシン / 共同製作:マイリ・ベット、マイケル・ブロナー、クリストファー・ラウズ、ケイト・ソロモン / 撮影監督:バリー・アクロイド,B.S.C. / プロダクション・デザイナー:ドミニク・ワトキンス / 編集:クリストファー・ラウズ,A.C.E. / 衣装:サミー・シェルドン / キャスティング:アマンダ・マッキー,C.S.A.、キャシー・サンドリッチ・ゲルフォンド,C.S.A.、ダン・ハバード、ジョン・ハバード / 音楽:ジョン・パウエル / 出演:マット・デイモングレッグ・キニアブレンダン・グリーソンエイミー・ライアン、ハリド・アブダラ、ジェイソン・アイザック、イガール・ノール / ワーキング・タイトル製作 / 配給:東宝東和

2010年フランス、アメリカ、スペイン、イギリス合作 / 上映時間:1時間54分 / 日本語字幕:戸田奈津子

2010年5月14日日本公開

公式サイト : http://green-zone.jp/

TOHOシネマズ スカラ座にて初見(2010/05/14)



[粗筋]

 2003年、アメリカ合衆国政府はイラクをテロリストに資金提供を行い、その存在を匿う“悪の枢軸”と公式に非難し、サダム・フセイン大統領の独裁支配から民衆を救う、という大義名分を掲げ、イラクに侵攻を開始した。長い経済制裁によって疲弊していたイラク政府、イラク軍に為す術はなく、3月にはアメリカ軍がバクダットを制圧、かつての大統領府を中心に、アメリカ軍の兵士たちやジャーナリストの安全を確保する領域“グリーン・ゾーン”を設置した。

 米国陸軍上級准尉ロイ・ミラー(マット・デイモン)率いるMET隊のイラクにおける使命は、大量破壊兵器の発見であった。その日もミラーは部下たちと共に粛々と目的地に赴き、狙撃手の銃弾に晒されながらも犠牲者を出すことなく制圧に成功するが、そこは遙か昔に放棄された便器の工場――大量破壊兵器など、痕跡すら見出すことが出来なかった。

 これで、3度目の空振り。何処からともなく提供される“匿名の情報”に振り回され続け、不信感を抱くミラーは作戦会議の席で情報の精査を求めるが、上官たちは黙って命令を果たすよう告げるだけ。軍人として、これ以上反発する術は彼にはなかった。

 だが、最新の情報に基づき、アル・マンスール地区の空き地の掘鑿作業を行っていたとき、事態は思わぬ展開を見せる。現場に現れた、英語を解するイラク人のフレディ(ハリド・アブダラ)が、近隣で物々しい一団が民家に集まる姿を目撃した、という証言をミラーにもたらしたのだ。今回の捜索も空振りであることを直感していたミラーは、一部の部下を連れ、フレディの案内で現場を訪れる。

 そこで起きた予想外の銃撃戦の中、ミラーは逃げていった者たちのなかにある顔を見つけて愕然とした。それはイラク軍の最高幹部であり、現在アメリカ軍が行方を追っている、アル・ラウィ将軍(イガール・ノール)であった。

 ミラーたちは民家の主である男を拘束、将軍の逃亡先について尋問を試みたが、そこへ突如、米軍特殊部隊のヘリが現れ、男をミラーたちから奪って去ってしまった。

 いよいよ上層部の判断に不信を募らせたミラーは、男が残した手帳を携え、かつて接触を図ってきたCIA捜査官マーティン・ブラウン(ブレンダン・グリーソン)を訪ねる。手帳を確かめて、何かに勘づいたブラウンは、自分の指揮下に入るようミラーに求めてきた――

[感想]

 ロバート・ラドラムの小説をもとにした映画“ジェイソン・ボーン”シリーズ第二作および第三作を担当し、シリーズをアクション映画史に残る金字塔にしてしまったポール・グリーングラス監督は、もともとテロや戦争を題材としたドキュメンタリーの分野でキャリアを築き上げてきた人物である。だからこそ、作品のリアリティや臨場感を演出するためにドキュメンタリーを彷彿とさせる手法を選んできたのだろうし、『ボーン・スプレマシー』と『ボーン・アルティメイタム』のあいだに、アメリ同時多発テロの一幕を再現した『ユナイテッド93』という作品を手がけたのだろう。そういう監督だからこそ、優れたアクション・スターに成長したマット・デイモンを起用して、実話に取材した戦争アクションを撮るのは、ある意味自然な流れと言える。

 純然たるドキュメンタリー・タッチではなく、随所に普通のドラマのようなロングショット、風景描写を挟み込み、フィクションの雰囲気は色濃くしているが、肝要な部分ではハンディカムの、撮影者も被写体も動いているのが実感できる映像を駆使し、圧倒的な臨場感を醸しだしている。冒頭いきなり、大量破壊兵器が隠してあるといわれた場所に突入する場面で緊迫した銃撃戦が繰り広げられるが、本当に銃弾が飛び交うただ中に放り出されたような感覚は強烈だ。

 だがこの作品の本懐は、クライマックスで繰り広げられる、混沌とした戦闘シーンであろう。様々な出来事、事実が発覚した挙句に突入するこの戦闘シーンでは、いつしか敵味方の認識が非常に困難になっている。米軍に所属するはずの主人公ミラーは、ある部署は保護に動いているが、しかし別の部隊は彼に対して銃口を向けても不思議ではない状況にある。同じイラク人のあいだでも愛憎が入り乱れ、いったい何処に決着するのか、まったく読めない。そういう状況を反映したかのように、縦横無尽に駆け巡るミラーたちと併走するカメラのほか、ヘリからの映像も織りこんだ一連の描写は、戦場の混沌を見事に体感させてくれる。

 本篇のストーリーについては、恐らくあまり感心しない、という人も少なくないだろう。最大の着眼は“大量破壊兵器”の有無であるが、現実をモデルにしている、という大前提がある以上、よほど世界情勢に関心の乏しい人出もない限り答は知っている。解りきった答を見つけ出すのにあそこまで迷走するのに、愚かさを見てしまう人もあるかも知れない。

 しかし冷静に考えてみれば、この当時の米軍、それも実働部隊に属していた人々が、政府の思惑、国家間の駆け引きにより伏せられていた事実について通じているはずがない。まして、このイラク侵攻によって、長年圧政に苦しめられていた人々を救い出す、という大義を信じこんでいた兵士であれば尚更、その真相に辿り着くのは時間がかかる。本篇は戦場を舞台にしたサスペンス、という体裁を取っているが、謎が明かされることにカタルシスを求める、というよりは、目の前に繰り広げられる出来事を通して、ひとりの男が真実を悟っていく過程を描いている、と捉えるべきだろう。

 そうして、最後まで“人々を救う”という信念を揺るがすことのないミラーが最後に対峙するのは、昏迷を極めるイラクという国の現実であり、その象徴があの混沌としたクライマックスの戦闘シーンなのだ。もしかしたら人によっては「整頓が出来ていない」「カタルシスに乏しい」と感じるかも知れないあの戦闘シーンこそ、本篇の本懐である、と私が主張する所以であり、そう考えれば、辿り着く結末も納得がいくはずだ――あの不毛としか言いようのない戦争の顛末に対して、本篇の製作者たちが得た答が、あの叫びなのだ。

 基本的には、戦場を臨場感たっぷりに描き出し、観客をそのただ中に投げ出し、約2時間驚異の体験をもたらすことに腐心したエンタテインメントである。しかしそんな中にも、綿密なリサーチを施し、重いメッセージをきちんと織りこんでおり、極めて誠実な仕上がりを成し遂げている。ハリウッド進出以降のポール・グリーングラス監督作品の集大成と呼んでも差し支えない作品であると思う。

関連作品:

ボーン・アイデンティティー

ボーン・スプレマシー

ボーン・アルティメイタム

ユナイテッド93

グッド・シェパード

ふたりにクギづけ

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ゴーン・ベイビー・ゴーン

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コメント

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