『イングロリアス・バスターズ』

『イングロリアス・バスターズ』

原題:“Inglourious Basterds” / 監督・脚本・製作:クエンティン・タランティーノ / 製作:ローレンス・ベンダー / 製作総指揮:ロイド・フィリップス、ボブ・ワインスタインハーヴェイ・ワインスタイン / 撮影監督:ロバート・リチャードソン,ASC / 特殊メイク:グレッグ・ニコテロ / 視覚効果デザイン:ジョン・ダイクストラ / プロダクション・デザイナー:デヴィッド・ワスコ / 舞台装飾:サンディ・レイノルズ・ワスコ / 編集:サリー・メンケ,A.C.E. / 衣装:アンナ・シェパード / キャスティング:シモーヌ・バー、オリヴィエ・カルボン、ジェニー・ジュー、ジョアンナ・レイ / 出演:ブラッド・ピットメラニー・ロランダイアン・クルーガークリストフ・ヴァルツイーライ・ロスティル・シュヴァイガー、ギデオン・ブルクハルト、ジャッキー・イド、B・J・ノヴァック、マルティン・ヴトケ、シルヴェスター・グロート、ジュリー・ドレフュスダニエル・ブリュールミヒャエル・ファスベンダーマイク・マイヤーズ、ボー・スヴェンソン、エンツォ・G・カステラッリ / ナレーション:サミュエル・L・ジャクソン / 配給:東宝東和

2009年アメリカ作品 / 上映時間:2時間33分 / 日本語字幕:松浦美奈 / R-15+

2009年11月20日日本公開

公式サイト : http://i-basterds.com/

TOHOシネマズ西新井にて初見(2009/11/20)



[粗筋]

 1941年、フランス郊外の村、ナンシー。ぽつんと佇む一軒の農家を、ナチス・ドイツSSで“ユダヤ・ハンター”の異名を取る男、ハンス・ランダ大佐(クリストフ・ヴァルツ)が訪れた。この界隈で唯一発見されていないユダヤ人一家を、この農家が匿っている、と推測したためである。ランダ大佐は軍人らしい尊大さを示しながらも奇妙に柔らかな物腰で、しかし着実に農家の家長ペリエ・ラパディット(デニス・メノシェ)を弁舌で追い込むと、ユダヤ人一家を匿っている場所を告白させてしまった。ランダ大佐は部下に命じ、その場所へ容赦なく銃弾を撃ち込むが、ただひとり、娘のショシャナ・ドレフュス(メラニー・ロラン)だけが脱出に成功する。ランダ大佐は面白がるように、逃走する彼女の背中を笑って見送った。

 それから3年。

 ナチス・ドイツの台頭にも翳りが見えはじめた頃、アドルフ・ヒトラー(マルティン・ヴトケ)はフランス界隈に出没し始めた組織の行動に頭を悩ませていた。アメリカのアルド・レイン中尉(ブラッド・ピット)が中心となって結成された組織の使命はただひとつ、“ナチスを殺す”こと。バットで容赦なく撲殺する手口から“ユダヤの熊”の別名で呼ばれるドニー・ドノウィッツ(イーライ・ロス)や、ドイツ人ながらナチスの将校を12人殺害し、拘留中のところをレイン中尉に救出、抜擢されたヒューゴ・スティグリッツ(ティル・シュヴァイガー)といったアクの強い面々が、無秩序に、そして苛烈にナチスを狩っていった。

 同じ頃、パリにある小さな映画館の支配人エマニュエル・ミミューと出逢ったドイツ軍兵士フレデリック・ツォラー(ダニエル・ブリュール)は、ある計画を思いついた。先だって、戦場で250人もの連合軍兵士を倒したことで英雄視されていたツォラーは、宣伝大臣ヨーゼフ・ゲッベルズ(シルヴェスター・グロート)監督のもと、自らの主演で活躍ぶりを映画化した『国家の誇り』という作品の公開を控えていたが、そのプレミア上映の場所を、当初の予定から変更して、ミミューの運営する映画館で行おう、というのである。ツォラーはゲッベルズやランダ大佐とミミューを無理矢理に引き合わせ、強引にこの計画を実現させてしまう。

 しかしこれは、ミミューにとって千載一遇の好機であった。何故なら彼女の正体は3年前、ランダ大佐によって家族を殺されたショシャナなのだ。彼女はプレミア上映に、復讐のときを見定める。

 一方で連合軍もまた、ナチス高官が1箇所に集うこのプレミア上映を、ナチス殲滅の好機と判断していた。内通者であるドイツ人女優のブリジット・フォン・ハマーシュマルク(ダイアン・クルーガー)と接触のうえ、その密議が行われるはずであったが、ここで思わぬ事態が出来する……

[感想]

 まだ製作中、本篇はイタリア産の戦争映画『地獄のバスターズ』のリメイクとして、その内容が伝えられていた。過去の名作、怪作へのオマージュをふんだんにちりばめながら、傑出した会話のセンスと緩急自在、リズム感に富んだ演出を駆使したオリジナリティ溢れる作りで知られるクエンティン・タランティーノ監督がリメイクに手を出す、というのは、ハリウッド全体における潮流だと言っても、いささか衝撃的なものがあった。

 しかし、公開が近づくにつれて判明してきた内容は、同じ英題を持つ『地獄のバスターズ』とはかなり違ったものだ、と解ってきた。そのうえで敢えてあらかじめ『地獄のバスターズ』を鑑賞しておいて本篇に臨んだのだが、本当にまったくと言っていいほど違う作品に仕上がっている。

 共通しているのは、第二次世界大戦中のフランスを舞台に、ナチスに抵抗する部隊が登場するということぐらいだ。あちらでは成り行きで集まった面々が結果的にある作戦に加わることになるが、本篇はブラッド・ピット演じるアルド・レイン中尉のもとに意図的に集められた者、或いは彼が手ずからスカウトした兵士が、ゲリラ的に作戦を実行している。

 全体にマカロニ・ウエスタンに似た味わいを持ち、アクション映画のような手触りであった同題作に対し、本篇はタランティーノ監督らしい精妙な会話と緊張感に飛んだ演出とで魅せ、アクションと呼べるような部分はあまりない。構成される場面の数も絞られており、タランティーノ監督らしい外連味と同時に、ストイックさも感じられる組み立てだ。本篇はあくまで『地獄のバスターズ』が提示した要素を一部だけ借りて、徹底的にタランティーノ監督が咀嚼して作りあげた、全くの別物と見ていい。

 ただ、リメイクである、ということを抜きにしても引っ掛かるポイントがある。題名のわりには、当の“イングロリアス・バスターズ”と呼ばれる面々があまり活躍していない印象なのだ。人数のわりに少なめながら、異様に個性の際立った人物がいて、鮮烈な活躍を見せるのも事実だが、最終的に何をしたか、と考えるとどうも物足りない。“バスターズ”よりも、並行して復讐に動いていたショシャナのほうが活発に見えるし、人物のインパクトという意味では“ユダヤ・ハンター”の異名を取るナチスのハンス・ランダ大佐がずば抜けている。イングロリアス・バスターズの活躍を描くというよりは、彼らも含む複数の人物の思惑が絡みあった挙句紡ぎ出される物語の妙味にこそ焦点を絞った内容になっていて、なまじ『地獄のバスターズ』を鑑賞したあとだと、そのズレが余計に引っ掛かってしまう。

 だが、この複数の思惑が密接に絡みあって構築されるストーリーは複雑で先読みがしにくく、否応なく惹きつけられる。実際には丹念な伏線が張り巡らされており、無秩序のようでいてきちんと明白な意図が存在しているので、目敏い人、勘の働く観客であれば流れを読み解くことも可能だが、それでも隙のない筋立てには唸らされるはずだ。映画館の支配人として潜伏していたショシャナと、彼女に懸想したナチスの若き英雄ツォラーの関係性の意外な帰結、妙に柔らかな物腰と愛想の良さに隠したランダ大佐の狡智の目指すところなど、実によく練られている。

 全体からするといまいち活躍していない印象の“バスターズ”だが、それでも物語にとっての存在意義は当然大きい。とりわけ、見せ場こそ少なく、どちらかと言えばマヌケな印象が強いアルド・レイン中尉というキャラクターは、だが同時に、ブラッド・ピットという俳優のスター性があってこそ成立する味わいも醸している。そして彼らが最後に添える痛烈なエピソードは、基本が悲劇的な復讐譚として成り立っている本篇の後味に、不思議と爽快な彩りを付け加えている。

 時折目の醒めるような激しいやり取りがあるものの、基本は慎重な会話のやり取りで成り立っているため、台詞運びが肌に合わないとどうしても嵌れないだろう。また、『キル・ビル』あたりと較べればだいぶ大人しいとはいえ、随所に暴力が閃いており、苦手な人には辛いに違いない。これまでのタランティーノ映画にも顕著だったこうした特徴がどうしても楽しめなかった、という人は恐らく今回も駄目だろう。だが、旧作に多かれ少なかれ痺れるものを感じた、という人なら、満足すること請け合いである。

 ――そうそう、同じ英題を持つ『地獄のバスターズ』とまるっきり別物、共通項は僅か、と記したが、上に挙げたもの以外にもうひとつあった。あちらがそうであったように、本篇も“戦争”という題材を決して深刻な、悲惨なものとして取り扱ってはいない、ということだ。あちらは西部劇めいたアクションの背景として用いているのに対して、本篇はタランティーノ流娯楽映画の基礎に用いられている、という意味では異なっているが、精神性は間違いなく通底している。

関連作品:

デス・プルーフ in グラインドハウス

ベンジャミン・バトン 数奇な人生

地獄のバスターズ

ニュー・シネマ・パラダイス

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