『スペル』

『スペル』

原題:“Drag Me to Hell” / 監督:サム・ライミ / 脚本:アイヴァン・ライミ、サム・ライミ / 製作:ロバート・タパート、グラント・カーティス / 製作総指揮:ジョー・ドレイク、ネイサン・カヘイン / 共同製作:クリステン・カール・ストリューベ / 撮影監督:ピーター・デミング,ASC / 視覚効果監修:ブルース・ジョーンズ / 特殊メイク効果:グレゴリー・ニコテロ、ハワード・バーガー / プロダクション・デザイナー:スティーヴ・サクラド / 編集:ボブ・ムラウスキー / 衣装:アイシス・マッセンデン / キャスティング:ジョン・パプシデラ,C.S.A. / 音楽:クリストファー・ヤング / 出演:アリソン・ローマンジャスティン・ロング、ローナ・レイヴァー、ディリープ・ラオ、デヴィッド・ペイマー、アドリアナ・バラッザ、チェルシー・ロス、レジー・リー、モリー・チーク、ボヤナ・ノヴァコヴィッチ、ケヴィン・フォスター / 配給:GAGA

2009年アメリカ作品 / 上映時間:1時間39分 / 日本語字幕:風間綾平

2009年11月6日日本公開

公式サイト : http://spell.gaga.ne.jp/

TOHOシネマズ西新井にて初見(2009/11/06)



[粗筋]

 銀行の融資係として勤務するクリスティン・ブラウン(アリソン・ローマン)にとって今いちばんの気懸かりは、目の前の空席だった。しばらく前から空いている次長職は、キャリアや成績から彼女に与えられる公算が大きかったはずが、最近入ってきたばかりの新人ステュ(レジー・リー)が急に横から割り込んできたのである。ステュは上司のジャックス(デヴィッド・ペイマー)に巧みに取り入り、如才さもバックボーンも持たないクリスティンを焦らせていた。

 もうひとつ、恋人クレイ・ダルトン(ジャスティン・ロング)との関係にも、クリスティンは悩みを抱えている。クレイの愛情は疑うべくもなかったが、上流階級に属する彼の家、特に母親(モリー・チーク)はエリート志向が強く、農家の出でさしたキャリアもないクリスティンとの交際を快く思っていなかった。教授になったばかりのクレイにとって、メリットになる女性と交際すべきだ、と言って憚らなかった。

 窓口にその老婆――ガーナッシュ夫人(ローナ・レイヴァー)が現れたとき、だからクリスティンには拭いがたい焦りが生じていた。何とか上司に、自らの有能さを証明したい。時として必要になる、難しく厳しい決断を下すことが出来る、と示したい。自宅のローン返済が滞り、差し押さえを受けているガーナッシュ夫人から期限の延期を求められて、ジャックスのもとにいちどは相談に赴いたクリスティンだったが、話しているうちに昇進への欲求に駆られ、自ら責任を引き受けると、ガーナッシュ夫人に対して延期は不可能、という結論を突きつけた。

 ガーナッシュ夫人は戸惑い、動揺し、最後には激昂した。意味不明の言葉を叩きつけ、掴みかかろうとした彼女は、警備員によって銀行の外につまみ出される。そしてこのときを契機に、クリスティンの恐怖の3日間は幕を開けた……

[感想]

スパイダーマン』シリーズによって一躍ヒット・メーカーとなった感のあるサム・ライミ監督だが、そもそもは映画オタクの情熱と知識とをとことん詰め込んだ怪作『死霊のはらわた』で本格デビューした人物である。現在も『スパイダーマン』の続篇を準備中と言われ、今後もメインストリームでの活躍が期待されるが、その一方でゴーストハウス・ピクチャーズというホラー主体の制作会社を立ち上げ、若手や海外の監督の新作を積極的にリリースしている。オリジナルの清水崇監督本人を起用した『THE JUON―呪怨―』のヒットは記憶に新しいし、『the EYE』のパン兄弟を招いた『ゴースト・ハウス』や、今年日本で公開された吸血鬼テーマの新機軸『30デイズ・ナイト』も彼のプロデュース作品である。

 だが、それでもファンとしては、本人によるホラー作品を期待してしまうところだろう。デビュー作の印象は未だ鮮烈であり、『スパイダーマン』シリーズでさえも超人たちの活躍ぶりは心なしかホラー的に描かれていたので、技術的には鈍っていないどころか、洗練されていると推測される。そうした中で、本篇は幾分不意打ち的にリリースされた、非常に久々の正統派ホラーである。

 しかし、ではホラー好きが全員本篇を喜ぶかというと、そこはいささか微妙なところだ。表現的に斬新で、後年のホラー映画に多大な影響を及ぼしたサム・ライミ監督ならば、久々の新作でもきっと瞠目するような新機軸を打ち出してくれるだろう、といった期待を抱いていた人は、たぶん肩透かしを食った気分を味わわされる。

 ホラーとしては非常にオーソドックスな素材を、ごくストレートにまとめているのだ。呪いの趣向に霊能者、あまりに類型的な悪魔の描写といったホラーならではの要素は無論、主人公の意識を揺さぶる恋人やその家族、職場についての悩みなど、ホラー部分を支えるための感情的ドラマもありふれている。

 クライマックスで訪れる衝撃、についても一部で喧伝されていたが、この趣向も、ホラー映画を多数観てきた者ならいちどや2度目にした手法のヴァリエーションに過ぎない。実のところ私などは、逆にもっと大きなどんでん返しがあるものと身構えていたせいで、逆に見落としてしまったほどだった。

 と、ひととおり否定的な評価を述べたが、しかし勘違いして欲しくないのは、決して不出来な作品ではない、ということだ。むしろ、同じような題材、似たような表現を用いた作品と並べれば、飛び抜けてクオリティが高い。

 まず、物語の筆運びが驚異的に達者だ。まだ怪奇現象の片鱗もない序盤で、中心人物であるクリスティンの置かれた立場を克明に描き出し、彼女が災厄を背負い込むに至る経緯を実に丁寧に、それでいて解り易く伝えてくる。基本的にクリスティンは表情にせよ物言いにせよ善良さが窺え、本来は他人の恨みを買うような人間ではないのに、追い込まれた結果、助けを求めてきた老婆を突っぱねるような行動に及んでしまう。

 何故呪いと解ったのか、どう対峙していったのか、の展開もオーソドックスだがそれ故に一切の破綻がない。B級ホラーにありがちな、現象の特異さやインパクトばかりを狙った結果、辻褄が合わなくなったり特定の現象だけ悪目立ちしてしまうような軽率さは本篇には皆無だ。その中でクリスティンが起こす行動も納得のいくものになっている――納得がいくからこそ、時として見せる苛烈な言動に、観る者はショックを受けるのだ。特に、“呪い”という事態を理解し、与えられた解決のための策を実行に移すくだりは、人によっては目を覆いたくなるほどの恐怖を味わうはずだ――問題の場面、直接カメラで捉えてはいないのに。

 恐怖の演出、怪奇現象の表現が他に較べて洗練されていることも大きなポイントだ。多くはいわゆる虚仮威し、観客の死角から忽然と現れたり、あるモチーフが一瞬で意外な変化を遂げたり、というスタイルだが、音楽で緊張感を盛り上げる手法と、敢えてBGMを排し環境音だけで異様な気配を醸成するやり方を巧みに織り交ぜ、より効果的な一瞬を演出している。また、ここ数年、日本流のホラーに多く触れてきたせいだろう、向こうでは決して主流ではなかった、恐怖の対象物を直接描かないスタイルを多様している。お陰で、モチーフは“呪い”や“悪魔”と有り体であるにも拘わらず、描写のひとつひとつが想像力を喚起させずにおかない。見せない、ということの効果を熟知した上で、見事に自家薬籠中のものにしている。

 このように、表現の練度が高まっているから、オーソドックスな素材を用いていても新鮮さがある。何より、恐らくサム・ライミ監督は、すべてが独創的な作品を生み出すことよりも、現代の撮影技術と表現力とで、今後しばらくのあいだホラー映画を作る上での基準となる作品を示したかった、と思われる節がある。そう判断すると、本篇は完璧なほどに目的を果たしている。

 サム・ライミ監督が決して守りに入っておらず、かつホラー映画というものへの愛情を未だ強く持ち続けていることの証左であり、その高い能力を改めて世に知らしめた傑作である。……ただそれでも、もし次の機会があるなら、ホラー映画マニアの度胆すら抜く作品を上梓して欲しい、と願わずにいられないが。

 本篇は物語の“呪い”が基本的にヒロインのみに向けられており、決して逸れていないことも魅力のひとつだ。別の犠牲者も出るには出るが、あれは立場故の不可抗力と言うべきだろう。

 しかし、よくよく考えると、実はヒロインよりも不幸な目に遭っている、と言えなくもない人物がひとりだけいる。

 ヒロイン・クリスティンの恋人クレイ、である。

 理知的な常識人として描かれる彼は、当初“呪い”など信じない、と言いながら、クリスティンの言葉そのものは信じ、献身的に尽くす。もともと母親に交際を反対されていたうえ、印象を改善する絶好の機会であったディナーを台無しにされても、彼だけは決してクリスティンを見限ったりしない。

 まったく、見上げるほどの好人物ぶりである。だがそれ故に、どうしようもないほど哀れだ。演じているジャスティン・ロングの幼く心なしか情けない表情がまた嵌っていて、思い出すと同情心で泣けてきそうなほどである。

 初回は気にしなくてもいいが、もし2度、3度とご覧になるつもりの方があるなら、是非ともこの気の毒な青年にも注目していただきたい。

関連作品:

死霊のはらわた

スパイダーマン3

THE JUON―呪怨―

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