『007/慰めの報酬』

『007/慰めの報酬』

原題:“Quantum of Solace” / 原作:イアン・フレミング / 監督:マーク・フォースター / 脚本:ポール・ハギスニール・パーヴィスロバート・ウェイド / 製作:マイケル・G・ウィルソン、バーバラ・ブロッコリ / 製作総指揮:アンソニー・ウェイ、カルム・マクドゥーガル / 撮影監督:ロベルト・シェイファー,ASC / プロダクション・デザイナー:デニス・ガスナー / 編集:マット・チェシー,A.C.E.、リチャード・ピアソン,A.C.E. / 衣装:ルイーズ・フログリー / 音楽:デヴィッド・アーノルド / 主題歌:アリシア・キーズ&ジャック・ホワイト『Another Way to Die』(BMG Japan) / 出演:ダニエル・クレイグ、オリガ・キュリレンコ、マチュー・アマルリックジュディ・デンチジェフリー・ライトジェマ・アータートン、ジャスパー・クリステンセン、デヴィッド・ハーバー、アナトール・トーブマン、ロシー・キニア、ジャンカルロ・ジャンニーニホアキン・コシオ、グレン・フォスター、フェルナンド・ギーエン・クエルボ、スタナ・カティック、ニール・ジャクソン / 配給:Sony Pictures Entertainment

2008年イギリス・アメリカ合作 / 上映時間:1時間46分 / 日本語字幕:戸田奈津子

2009年01月24日日本公開

公式サイト : http://007nagusame.jp/

TOHOシネマズ西新井にて初見(2009/01/17) ※特別先行ロードショー



[粗筋]

 ――大きな犠牲を払い、ホワイト(ジャスパー・クリステンセン)という参考人を確保した若きシークレット・エージェントのジェームス・ボンド(ダニエル・クレイグ)。更に存在するはずの黒幕を探るためホワイトを訊問するが、ホワイトは彼らを嘲笑った。自分たちの組織は、あらゆる場所に潜んでいる、と――言葉通り、訊問に居合わせていたシークレット・エージェントが突如ボンドと上司のMを銃撃、隙を衝いてホワイトを解放してしまう。

 追跡劇の果てに二重スパイとなっていたエージェントを殺害してしまったボンドだが、得た手懸かりを元に、ハイチへと飛んだ。何らかの情報を握ると思われた地質学者を、滞在するホテルまで訪ねたが、またしても格闘の末相手は絶命、学者の荷物を手に出て来たボンドを、謎の女(オリガ・キュリレンコ)が車へと迎え入れた。何か、例の地質学者と極秘の取引をしていたと思しい女としばし調子を合わせていたボンドだったが、取引の材料が入っているはずの荷物に入っていたのは、拳銃。女に銃撃され、咄嗟に脱出したボンドは、バイクを奪って女を追う。

 女が目指したのは、港。彼女――カミーユは、ボンドの追う組織の幹部ドミニク・グリーン(マチュー・アマルリック)に情婦として接近、彼女にとっての仇であるメドラーノ将軍(ホアキン・コシオ)の命を密かに狙っていた。だが、グリーンはそれを察知し、カミーユに情報を提供する名目で接触した地質学者を刺客として送りこんでいたのである。既に回収されていた屍体を見せつけられたカミーユは機転を利かせ、メドラーノ将軍に目通りさせてもらえるよう色目を使ったが、グリーンはそれさえお見通しだった。

 両者の鍔迫り合いに、ボンドは脇から介入、メドラーノ将軍に刃を向けようとしていたカミーユをさらい、組織と交戦しつつ脱出する。この場でメドラーノ将軍の命を奪うことは得策ではない、と判断したからだった。

 MI6がその背後関係を掴んでいなかった組織を探りながら、ボンドは正義と復讐、そして愛のあいだで揺れ動く。果たして彼は、答に辿り着くことが出来るのだろうか……?

[感想]

 前作『007/カジノ・ロワイヤル』の衝撃は凄まじかった。その前の『007/ダイ・アナザー・デイ』までが示していた、スパイ・アクションの自己パロディめいた方向性から一転、激しいアクションを盛り込みながら、若きジェームス・ボンドの煩悶と成長、そして一筋縄ではいかないドラマを描き、従来のファンのみならず多くのアクション映画愛好家、評論家さえも唸らせる仕上がりとなっていた。当初、癖のある風貌に、史上初となる金髪碧眼のボンドということで反発を招いていたダニエル・クレイグも、作品の完成度に加えて、アクションに対応しながらも危うい魅力を秘めた新生ボンドを演じきり、続投をあっさりと容認させた。

 そうして、前作とは正反対の歓迎ムードのなか、約2年振りに登場した第2作は、見事にその期待に応える完成度を示した。

 まず、冒頭から度胆を抜かれる展開である。いきなり何の予告もなしに、銃撃を含めた熾烈なカーチェイスが繰り広げられる。個人的な話だが、仕事の疲れを引きずる中、直前にドキュメンタリーという気力を消耗する映画を観ていたために著しい眠気に襲われていた私が、この冒頭だけで完全に覚醒し、あとは一瞬も眠気を催さなかったのだから、その迫力が窺い知れよう。

 1時間46分という尺はこのシリーズでは異例となる短さだというが、その狭められた枠の中にこれでもかとアクションが詰め込まれており、最初から最後まで緊張感が切れることがない。もともとスパイ・アクション映画の原点であるという矜持から、アクション場面の分量は多いシリーズであったが、前作よりもその比重を増しており、見所に事欠かない。

 しかも、それらのアクションシーンのどれ一つとして、取って付けた印象がないのが秀逸だ。世界を股にかけて各所で激しい戦いが繰り広げられるが、そのすべてにストーリー上の必然性が付与されている。アクション映画を愛好する人間でも、あまりにアクションの発想優先で作られたシーンを見せつけられると、その迫力を認めつつも失笑してしまうことが多いのだが、本篇でそういう不満が生じることは皆無だ。

 そして全体のドラマが複雑かつ堅牢であることが、アクション映画でありながら本篇を、渋好みの観客でも味わうことのできる深みを備えた作品へと昇華している。決して多くない静かな場面における心理描写の細やかさは、文芸作品を中心に撮ってきたマーク・フォースター監督の手腕が存分に活かされているが、ふんだんに盛り込まれたアクションシーンにもボンドの感情の変化や成長が窺え、その無駄のなさは賞賛に値する。前作で脚本協力として参加したポール・ハギスの技倆は、本篇でも健在だ。

 強いて言うなら、あまりに無駄のない緊密さ故に鑑賞していて気力を消耗すること、背後関係が複雑であるため、うっかりしていると登場人物たちの行動目的を掴みかね、置き去りにされかねないことが欠点として挙げられるが、牽引力は充分に備わっているので、よほどひねた態度で向かい合ったりしない限りは楽しめるだろう。

 基本的に、本篇単独でも満足は得られるだろうが、しかし私としてはやはり前作を鑑賞した上で劇場に足を運ぶことをお薦めしたい。というのも、幾つかの描写は前作と呼応してその効果を高めているからだ。前作を観ているほうが、クライマックスで味わうカタルシスは恐らく格段に大きい。

 そうした表現の繊細さまで含めて、前作で築きあげた新生ボンドの世界観を見事に膨らまし、完成に近づけた傑作である。恐らく既に計画が始動しているであろう、次のダニエル=ボンド新作にも期待したい。

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