『アンダーカヴァー』

『アンダーカヴァー』

原題:“We Own the Night” / 監督・脚本:ジェームズ・グレイ / 製作:ニック・ウェクスラー、マーク・バタン、ホアキン・フェニックス、マーク・ウォルバーグ / 製作総指揮:マーク・キューバン、アンソニー・カタガス、トッド・ワグナー / 共同製作:クーパー・サミュエルソン、マイケル・アプトン / 撮影監督:ホアキン・バカ=アセイ / 美術:フォード・ホイーラー / 編集:ジョン・アクセルラッド / 衣装:マイケル・クランシー / 音楽:ヴォイチェフ・キラール / 出演:ホアキン・フェニックス、マーク・ウォルバーグ、エヴァ・メンデスロバート・デュヴァル、アレックス・ヴェードフ、ドミニク・コロン、ダニー・ホック、オレグ・タクタロフ、モニ・モソノフ、アントニー・コローネ、クレイグ・ウォーカー、トニー・ムサンテ、ジョー・ドノフリオ、エレーナ・ソロヴェイ、マギー・キーライ / 配給:MOVIE-EYE

2007年アメリカ作品 / 上映時間:1時間57分 / 日本語字幕:栗原とみ子 / PG-12

2008年12月27日日本公開

公式サイト : http://www.undercover-movie.jp/

よみうりホールにて初見(2008/12/18) ※特別試写会



[粗筋]

 1988年、ブルックリン。代々警察官を輩出している名門グルジンスキー家に生まれながら、父親バート(ロバート・デュヴァル)への反発から母の姓を名乗って夜の世界に飛び込んでいったボビー・グリーン(ホアキン・フェニックス)は、その経営手腕を買われ、今ではロシア系の大物マラート(モニ・モソノフ)の所有するクラブのマネージャーを務めていた。ホステスのひとりであるアマダ(エヴァ・メンデス)という美しい恋人も出来、順風満帆の日々を送っていた。

 そのボビーの実兄であるジョセフ(マーク・ウォルバーグ)が警部補に昇進し、記念として催されたパーティに、ボビーも招待された。恋人を紹介する程度のつもりで参加したボビーは、だが父と兄から思わぬ相談を持ちかけられる。昇進を機に父と共に麻薬捜査班に加わったジョセフは、ニジンスキー(アレックス・ヴェードフ)という男を追っていた。マーケットを築こうとしているこの男はどうやら独自の輸入ルートを持っているようだが、なかなか尻尾が掴めない。ニジンスキーはマラートの甥にあたり、ボビーの店に足繁く通っているという――つまりジョセフたちは、ボビーに探りを入れさせようとしているのだ。

 ボビーは固辞したが、ジョセフはボビーの店への家宅捜索を行った。しかし決定的な証拠が挙げられなかっただけでなく、ボビーが休みの日を狙ったはずが彼が居合わせていたために、一時的に拘束されてしまう。そうでなくても疎遠になっていた兄弟の関係は、これで完璧にこじれてしまった、かに見えた。

 しかし、ニジンスキーはジョセフたちの予想を超えた、過激な反抗に出る。捜査の責任者であったジョセフに刺客を送ってきたのだ。頭を狙われたが運良く直撃を避け、危篤状態に陥ったもののどうにか一命を取り留めたジョセフを前に、ボビーは衝撃を受ける。我が子を巻き込むまいとする父に隠れ、ボビーは父の同僚と接触し、協力を申し出た。

 もともとは反逆児であったボビーが、だからこそ成し得た潜入捜査――しかし事態はやがて、さながらグルジンスキー家とロシア系マフィアとの血で血を洗う争いの様相を呈していく……

[感想]

 監督のジェームズ・グレイは日本で2001年に公開された『裏切り者』で、善悪の狭間で葛藤するアウトローの心情を渋く描いているが、同じホアキン・フェニックスとマーク・ウォルバーグが主演・製作として名前を連ねた本作でも、やはり表社会と裏社会に跨る人物の葛藤を軸に物語を構築している。

 前作からしてそうだったが、全篇に地味な印象が色濃い。画面の色遣いそのものが暗いのもあるが、主な出来事のほとんどが夜に繰り広げられ、裏工作や駆け引きを淡々と追っていくので、どうしても派手な印象に乏しい。

 実際には随所に映画的な工夫が施されていて、決して地味とは言いがたいのだ。潜入捜査のハイライトで繰り広げられる銃撃戦の趣向や、クライマックス直前でのカーチェィスのスピード感溢れる描写、そしてクライマックスにおける追跡劇の表現など、映画の特性を熟知したシーンの数々は見応えがある。ただ、それらが決して物語からはみ出さないように理性的に配されていることが、各シーンのインパクトを和らげてしまっているのだ。

 そもそも本篇の人物配置は至ってシンプルである。警察のエリート一家に属する父と兄、それに反発して夜の世界に足を踏み入れた弟という構図。主人公となる弟を取り巻く人間関係は、実際の裏社会を簡略化しており、その分、中盤で発生する出来事のきっかけが誰にあるかも想像しやすく、意外性という点では弱い。ストーリー展開自体にダイナミズムが備わっているので、牽引力は最後まで充分なのだが、全体像のシンプルさがその印象を緩和している。

 つまり、なまじ考え抜かれ、丁寧に作られているからこそ地味な印象を齎してしまっているのだ。

 ある意味とても不幸なことだが、しかしそれ故に完成度の高さは保証されているとも言える。人物関係のシンプルさ、整頓の行き届いたストーリー展開のお陰で、人々の感情が伝わりやすい。諍いながらも互いを思いやっている家族の姿もそうだが、紆余曲折の末、主人公であるボビーにとっては喜ばしくない決断を下す周囲の人々の想いも理解が出来る。そして、理解できてしまうからこそ、結末で定まったボビーの境遇に硬質の苦みが備わっているのだ。そして、最後の台詞が僅かな救いと共に、別種の苦みを伴った余韻を齎す。

 地味ではあるが、堅実な語り口が観終わったあとも記憶に残る、良質の映画である。少しでも印象に残る場面があるならば、前後を振り返り、じっくりと噛みしめていただきたい。

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