『ICHI』

『ICHI』

原作:子母澤寛座頭市物語』 / 監督:曽利文彦 / 脚本:浅野妙子 / 製作統括:加藤嘉一 / 企画:中沢敏明 / エグゼクティヴ・プロデューサー:遠谷信幸 / 撮影:橋本桂二 / 照明:石田健司 / 美術:佐々木尚 / 装飾:河合良昭 / 編集:日下部元孝 / 衣装:千代田圭介、新井正人、志村しづ子 / VFXスーパーヴァイザー:松野忠雄 / 殺陣指導:久世浩 / 音楽:リサ・ジェラルド、マイケル・エドワース / 出演:綾瀬はるか大沢たかお中村獅童窪塚洋介竹内力柄本明利重剛佐田真由美杉本哲太横山めぐみ渡辺えり、島綾佑 / 配給:Warner Bros.

2008年日本作品 / 上映時間:2時間

2008年10月25日日本公開

公式サイト : http://www.ichi-movie.jp/

TOHOシネマズ西新井にて初見(2008/10/25)



[粗筋]

 とあるお堂で、一人の離れ瞽女(佐田真由美)が身を売っていた。だが相手の男は金を払わずに立ち去ろうとし、追いすがった瞽女を仲間たちと共に足蹴にする。そのうち男たちは、お堂にもうひとり、見目麗しい離れ瞽女がいることに気づいて、絡み始めた。

 そこに現れたのは、旅の浪人・藤平十馬(大沢たかお)。威勢よく男たちを遮ったかと思えば、持っていた十両分の手形で話をつけようとし、身ぐるみ剥ごうとした男たちに襲われかかっても刀が抜けない。結局、彼を救ったのは、見目麗しい瞽女――市(綾瀬はるか)であった。仕込み杖を用いた居合斬りで男たちを倒すと、ろくに口も利かないままその場を立ち去る。

 どうしても収まりのつかない十馬は市を追い、ふたりは美藤宿という宿場町に辿り着いた。市が男もろとも手形を斬ってしまったため、手持ちが心許なくなっていた十馬は賭場に立ち寄り稼ぐことを目論むが、うまく行かない。しかし、そんな彼に市は小声で出目を教えた――盲目であるが故に研ぎ澄まされた彼女の聴力は、ツボの中で躍る賽の目が解ったのだ。

 きっちり失った十両分を取り返させると、市は先に席を立ったが、なおも十馬は彼女を追った。そこへ、十馬と同じ帳場に居合わせ、結果的に彼に毟られた格好となった男たちがやって来て因縁をつける。やはり刀を抜くことが出来ない十馬に代わって、今度も男たちを倒したのは市であった。

 間もなくその場へ現れたのは、賭場を仕切る白河組の若頭・虎次(窪塚洋介)と部下たち。先ほどまで賭場を荒らしていた男たちが切り伏せられた様を見て、虎次たちは歓喜する。男たちは万鬼(中村獅童)という侍崩れが率いる荒くれ者どもで、彼らの存在がかつて栄えていた美藤宿を衰退させていたのだ。まさか瞽女の仕業と想像するはずもなく、虎次たちは十馬が倒したのだと早合点して、彼を用心棒に雇い入れる。本当のことを言い出す間もなく、十馬は白河組の客人となった。

 他方、市は滞在中の世話を買って出た少年・小太郎(島綾佑)から、自分が捜している“盲目の居合抜きの達人”が間もなく美藤宿にやってくる、という情報を頼りに、しばしここに留まることを決意する。

 そして、市と十馬は、間もなく美藤宿を襲う大事のなかで、重要な役割を演じることになる……

[感想]

 もう一年ほど前だろうか、劇場の予告編で初めて本篇の存在を知り、あの『座頭市』を女性に置き換えてリメイクする、というアイディアだけで興味を惹かれて、公開を待ち望んでいた。とはいえ、出来にはさほど期待を抱いていなかったのである。ある程度殺陣がしっかりしている、映像的なハッタリが利いていれば充分だろう、程度に考えていた。

 その程度の期待だったので、本篇の出来は少々意外であった。至極真っ当な、娯楽時代劇に仕上がっているのである。

 安易に“座頭市”を女にするのではなく、盲目で居合の達人、旅から旅へと渡り歩いている、という基本的な部分や、もととなった勝新太郎のシリーズで定番となっている賭場での活躍などを押さえつつ、座頭ではなく瞽女へ変え、また旅に赴くに至った理由などを丁寧に付与し、謎だらけの風来坊として描かれていたオリジナルの要素を残しつつも違ったイメージを構築している。当初のアイディアを知って咄嗟に思い浮かべるような、色物っぽさは皆無に近い。

 そうして再構築された女版の市に絡めていった人物の配置も絶妙だ。基本的に人との関わり合いを避ける市に代わって宿場町との縁を作る役割として刀を抜けない浪人を配し、宿場町における勢力争いに彼女を巻き込んでいく。穏当に事を運ぼうとするヤクザの親分と、現状に納得していないその息子の若頭、そして宿場町を荒らす野党の頭・万鬼というキャラクターの正統的な悪人としての造形、これらがうまく噛み合って、話が巧みに転がっている。小太郎という子供を、やや引いた位置に立てたのも巧い。

 特に本篇で巧妙だったのは、市の強さを絶対的なものにしなかった点である。序盤こそ圧倒的な強さを示すものの、万鬼やある登場人物と比較したとき、彼女の実力は決して突出していない。それを途中で明確にすることで、本篇は終盤の筋書きを読みにくくしている。そうして緊迫感を保ちながらも、大筋ではドラマの定石をなぞることで安心感も確保しており、実に心地好く観ていられる。

 ただ、『座頭市』という看板から想像しているほど、外連味や派手さがないのが少々惜しまれる。勝新太郎亡き後、北野武監督がリメイクした『座頭市』は整合性やリアリティよりも場面場面の面白さを重視し、その点では申し分ない仕上がりだったが、本篇は万鬼の衣裳、ねぐらのデザインなどに遊びは認められるものの、全体では矛盾のない展開を重んじているせいか、気に留まるような棘がなくするりと胃の腑に落ちるような印象が強いのだ。冒険のように感じられる女座頭市という大前提も、その成立の背景がしっかりしている分物語によく溶け込んでいて、破綻していない。それだけに、あまりに綺麗にまとまりすぎているというのが逆に欠点となったように思えるのだ。

 しかし、そうして女座頭市の内面に分け入り、彼女の感情を呼び覚ますような方向に組み立てられたシナリオはかなり堂に入っており、果てに導かれる結末でもきっちりと途中に繰り出した台詞を活かしているあたり、実によく出来ている。快刀乱麻を断つがごとき活躍を期待していると、特に本篇の締め括りはカタルシスに欠いて感じられるだろうが、提示した主題を消化する、という意味では申し分がない。何度も繰り返しておいて何だが、“女座頭市”という前提を強く意識することなく、孤独な女を軸とした正統派の娯楽時代劇として楽しむべきだろう。

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