『スピード・レーサー』

『スピード・レーサー』

原題:“Speed Racer” / 吉田竜夫マッハGoGoGo』(竜の子プロダクション)に基づく / 監督・脚本・製作:ウォシャウスキー兄弟 / 製作:ジョエル・シルヴァー、グラント・ヒル / 製作総指揮:デイヴィッド・レーン・セルツァー、マイケル・ランバート、ブルース・バーマン / 撮影監督:デイヴィッド・タッターソル / 美術:オーウェン・パターソン / 編集:ロジャー・バートン / 衣装:キム・バリット / 視覚効果監修:ジョン・ゲイター、ダン・グラス / 第二班監督:ジェイムズ・マクティーグ / 音楽:マイケル・ジアッチーノ / 出演:エミール・ハーシュクリスティーナ・リッチジョン・グッドマンスーザン・サランドンマシュー・フォックス、ロジャー・アラム、ポーリー・リット、ベンノ・フュルマン、真田広之、Rain(ピ)、リチャード・ラウンドトゥリー、キック・ガリー / シルヴァー・ピクチャーズ製作 / 配給:Warner Bros.

2008年アメリカ作品 / 上映時間:2時間15分 / 日本語字幕:松崎広幸 / 吹替版翻訳:三好慶一郎

2008年07月05日日本公開

公式サイト : http://www.speed-racer.jp/

TOHOシネマズ西新井にて初見(2008/07/05)



[粗筋]

 理想とする兄レックスの背中を追うように、スピード・レーサー(エミール・ハーシュ)は父(ジョン・グッドマン)の製造するマシン“マッハ号”を駆って地元のレース大会に出場、兄の記録に肉薄する好タイムで優勝を果たす。

 所属が父の経営する独立系のチーム、レーサー・モーターズであるため、優勝したスピードのもとにはすぐさま各有力チームからの勧誘が予測されたが、先陣を切って現れたのは自動車業界を筆頭に各種産業に携わり、多くの有名レーサーを有するローヤルトン工業の社長ローヤルトン(ロジャー・アラム)であった。彼はスピードたち一家を本社に連れて行き、最先端の機器を駆使したマシンの製作とレーサー育成、そして所属するレーサーやチームに対する歓待ぶりを目の当たりにさせて、スピードの気を惹こうとする。

 ローヤルトンからゆっくりと考えなさいと言われ、スピードは一週間の猶予のすえ、ローヤルトン工業本社を訪れると、過去の記憶について物語った。スピードにとって憧れだったレックスが突如レーサー家をあとにし、ダーティなレース内容で悪名を広めたのち、砂漠や山岳地帯、そして凍てついた洞窟などをコースに織りこんだカーサ・クリスト・ロード・ラリーで事故を起こしてこの世から消えたときの、スピード自身と父の失意。そしてそれを乗り越え、父がカーレースの世界に復帰したときの心境。大企業の依存するのではなく、ただ車というものを愛し、家族で熱中していたその心情を思い出したスピードは、結局断ることを決意した。

 それまで柔和な態度だったローヤルトンだったが、途端に豹変、スピードを罵った。彼は有力レーサーを傘下におさめ、レースの内容をコントロール、参画する企業の利益となるように順位を操ることを目的としていたのだ。スピードたちが愛してやまない伝統的な一戦でさえも勝者は決まっていたと嘯き、このまま契約を拒むのであれば次のレースでスピードが表彰台に立つことはなく、事実無根の訴えによってレーサー・モーターズの評判も失墜するだろうと言い放つ。

 脅迫同様の言質にも屈せず、次のフジ・ヘレキシコン・サーキットでの一戦にレーサー・モーターズ所属のまま臨んだスピードだったが、ローヤルトンの息のかかった車の合法非合法を問わない妨害によって“マッハ号”を使用不能に陥れられ、レース終了直後に父は知的財産侵害の容疑で告発され、ローヤルトンの宣言通り一気に追い詰められる。

 失意にくれるレーサー家を、だが直後に意外な人々が訪れた。レックスの事故の際にレーサー家に接触してきた経緯のあるディテクター警部(ベンノ・フュルマン)と、フジ・へレキシコンにも参加していた、ラフファイトを得意としレースのクラッシュ率を跳ね上げると悪評の高い覆面レーサー・X(マシュー・フォックス)である。彼らはレース業界の不正を暴くべく活動しているのだが、レーサーのデジョ・トゴカーン(Rain(ピ))からその重要な証拠を提供させる条件として、今年のカーサ・クリスト・ロード・ラリーで彼を優勝させる必要があるのだという。

 父はそんなものに手を貸すいわれはないとはねつけるが、ローヤルトンの本性を目の当たりにしたスピードは、レースの世界を変える必要性を痛感していた。悩んだ末に、ガールフレンドのトリクシー(クリスティーナ・リッチ)を連れて、スピードはラリーに参加する……彼から兄を奪った、宿命の戦いに。

[感想]

 間違いなく近年の映画界に多大なる影響を与えたエポック・メイキング的作品である『マトリックス』三部作をリリースしたのち、5年近い沈黙を経て、ようやくウォシャウスキー兄弟が監督した待望の作品は――日本で製作された古典的名作アニメ『マッハGoGoGo』の実写リメイクであった。

 しかし、これ自体はそもそも驚くにあたらない。『マトリックス』自体が『攻殻機動隊』など日本のアニメの影響が色濃いことは既にだいぶ知られていることだし、『マッハGoGoGo』が海外でも支持されている事実を思えば、ウォシャウスキー兄弟が着眼することは必ずしも意外ではないのだ。

 むしろ度胆を抜いたのは、その極彩色の映像である。予告編の時点から驚きと、一部からは失笑を誘っていたが、実際に完成されたものを観ると、むしろ必要からこういう手法を選択したのだと解る。

 作品の幻想性や非現実性を強調するために過剰な色遣い、意匠を用いる作品は多いが、本篇で実践しているのはその極北である。『マッハGoGoGo』の作中で展開されるカーレースは、ジャンパーを使用した跳躍に、ホイールやフロント部分に隠した武器や防具の類など、現実の物理法則に照らしてみて無茶のある代物が多数適用されており、普通にリアルな映像の中にこれを織りこもうとしても不自然さがつきまとい、仮に違和感なく合成したところで強引のそしりは免れないだろう。だが、ここまで徹底して虚構を貫き、誰もそこに疑問を抱かないという事実に不自然を感じさせないところまで持っていった本篇の作りでなら、そこが批判の対象とはなり得ない。

 穿った見方をすれば、これはCGを「現実にあまりあり得ない、或いは撮影に危険を伴う要素をフォローする」という用途に限って用い、それを賞賛する風潮に異を唱えているようにも見受けられる。事実、『マトリックス』において用いられた“バレット・タイム”という映像技法にしても、決してその発想や技術力を披露することに執心した訳ではなく、それが用いられる必然性のある世界観を用意している。監督をジェイムズ・マクティーグに委ね製作・脚本のみ手懸けた『Vフォー・ヴェンデッタ』にしても、あの思索的な結末を正当化させるために主人公をあそこまで弁の立つ男にしたという側面があるほどで、基本的に意味もなく特異な趣向を用いるような作風でないことは明白だろう。

 そうして虚構性をいっそう強調する意図があるからこそ、時として漫画的であり、細部を誇張した独特な演出を選択もしている。主人公が子供時代、試験中に自分がレースで活躍するさまを妄想するくだりでは、マシンやライヴァルが幼稚な線画で描かれているとか、レースの場面では人物のアップが左右に移動するのに合わせて背景や回想シーンの切り替わりが行われているとか、X線画像風に描写される隠し武器であるとか、『マトリックス』の資産を応用しながら目に見えぬほどの回転や過剰な膂力を示すアクションシーンとか、意識的にチープ、しかし印象的な演出を施している。

 ストーリーそのものはごくごくシンプルになっているが、しかしそこにも職人芸めいた工夫が凝らされている点も見逃してはならない。はじめから超越的な才能のある青年を主人公としていると、しばしば展開が類型に陥ったり独善的になりがちなところを、心の傷となる過去の出来事を描写し、それを連想させる要素を随所に盛り込むことで成長のドラマをきちんと構築している。単純だが、これを違和感なく進めていくのは決して簡単なことではない。とりわけクライマックス直前で、ある描写が反復されるパートなどは、この流れが上手く構築されているからこそ感動を呼び、またクライマックスたるラストのレースをいっそう活かしている。

 また、単純であるとは言っても、大人の目からはなかなか複雑な思いを抱かされる要素も盛り込んであるのだ。レースを私物化する大企業の理論は解り易い悪として描かれている一方で現実的に排除しづらい市場原理を垣間見ることが出来るし、家族の絆というシンプルな形に凝縮された味方側の論理や覚悟のあり方は、まるで世界各所に存在する町工場のように映る。そして、後者が勝利するファンタジーを、徹底した虚構性によって保証し、カタルシスに結実させている。世界観を受け入れられれば、これほど世代を超えて爽快感を味わうことのできる映画もちょっと珍しい。

 ごく漠然と“『マトリックス』みたいなもの”を期待していた人には不満だろうし、受け入れがたいのも事実だろう。だがしかし、『マトリックス』がどういう理由で革新的だったのか、きちんと考えていった上で、それを認められるのならば、本篇は充分にウォシャウスキー兄弟らしく、完璧に作られていることが理解できるはずだ。

マトリックス』とはタイプが異なるため、すぐに熱狂的に支持はされないだろうが、間違いなく名前を残す傑作であると思う。

 ……それにしても、主人公スピードやレーサーXもさることながら、個人的にはお父様の格好良さに痺れました。実は驚くほど見所の多い人である。

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