『告発のとき』

『告発のとき』

原題:“In the Valley of Elah” / 監督・脚本:ポール・ハギス / 原作:マーク・ボールポール・ハギス / 製作:ポール・ハギス、パトリック・ワックスバーガー、スティーヴ・サミュエルズ、ダーレーン・カマーノ・ロケット、ローレンス・ベクシー / 製作総指揮:スタン・ヴロドコウスキー、デヴィッド・ギャレット、エリック・フェイグ、ジェームズ・ホルト、エミリオ・ディエス・バロッソ / 撮影監督:ロジャー・ディーキンス,A.S.C.,B.S.C. / プロダクション・デザイナー:ローレンス・ベネット / 編集:ジョー・フランシス / 衣装デザイン:リサ・ジェンセン / 音楽:マーク・アイシャム / 出演:トミー・リー・ジョーンズシャーリズ・セロンスーザン・サランドンジョナサン・タッカージェームズ・フランコフランシス・フィッシャージェイソン・パトリックジョシュ・ブローリン、ヴェス・チャサム、ジェイク・マクラフリン、メカッド・ブルックス、ヴィクトール・ウルフ / ブラックフライアーズ・ブリッジ制作 / 配給:MOVIE-EYE

2007年アメリカ作品 / 上映時間:2時間1分 / 日本語字幕:松浦美奈

2008年06月28日日本公開

公式サイト : http://www.kokuhatsu.jp/

TOHOシネマズ西新井にて初見(2008/06/28)



[粗筋]

 イラクから一時帰国したマイク・ディアフィールド(ジョナサン・タッカー)が帰隊しない、という連絡が父親のハンク(トミー・リー・ジョーンズ)に齎された。元軍人警察に所属したハンクを尊敬し、自ら陸軍に志願したような息子が連絡もなしに消息を絶つなどと言うことがあり得るだろうか? ハンクは妻のジョーン(スーザン・サランドン)を自宅に引き留め、愛用のパソコンなどをパソコンに詰めて車に乗り込むと、息子が帰隊した基地のあるフォード・ラッドへ赴く。

 元軍人であるハンクにとって馴染みのある場所のはずだったが、しかしいざ訪れてみると、彼の知っていた軍とは微妙に印象が異なっていた。窓口となった軍人の官僚的な態度と、息子の同居人たちの奥歯に物の詰まったような物言いに違和感を覚えながら、ハンクは踏み入った息子の部屋から携帯電話を回収し、そこに収められていたデータを調べようとする。しかし携帯電話のデータはほとんどイラクの陽気で摩耗しており、ハンクは専門家にサルベージを託すことにした。

 軍警察がイラク派兵絡みの仕事で忙殺されていることを察したハンクは、地元の警察にマイクの捜索願を提出する。しかし現地警察は軍と折り合いが悪いうえ、管轄に拘りすぎた彼らは受領しようとしなかった。やむなくハンクは軍警察時代の経験を活かし、自ら息子の足取りを辿り始める。

 ……だが、間もなくすべては手遅れとなった。深夜、軍が買収した土地で、バラバラに解体されたうえ焼かれ、野生動物に荒らされた惨い屍体が発見される。指紋鑑定の結果、それは行方不明だったマイクであると確認されたのだ。

 絶望に暮れながら、しかしハンクは息子を死に追いやったのが何なのか突き止めるべく、現地への滞在を続けることにした。軍警察の協力が得られないと悟るとすぐに気持ちを切り替え、地元警察で彼が当初捜索願を提出しようとしていた女性刑事のエミリー・サンダース(シャーリズ・セロン)を捕まえ、遺体の発見現場に赴く。現場を検証したハンクは、殺害現場が軍の買収した空き地ではなく、その脇の公道であることを看破、管轄が軍警察にあると判断した初動捜査が誤りであることを指摘した。

 この事実を皮切りにハンクは少しずつ、息子の死亡直前の行動を明らかにしていく。刑事に昇進しながらも同僚たちの無理解により捨て鉢になっていたエミリーもまた、彼の熱意に打たれるように、事件捜査に対して意欲を示すようになった。

 そうして、ハンクたちが着実に暴いていった真相は――しかし、やがて彼らを打ちのめすことになる……

[感想]

 本篇を手懸けた監督のポール・ハギスは間違いなく、現代のハリウッドで最も注目されている脚本家のひとりである。クリント・イーストウッド監督の『ミリオンダラー・ベイビー』の脚色でいきなりアカデミー賞にノミネートされると、翌年の初監督作『クラッシュ』で作品賞・オリジナル脚本賞を獲得、更に翌年も硫黄島二部作で賞レースに絡み、他方でダニエル・クレイグによる新しいジェームズ・ボンドに成熟したプロットを提供するなど、まさに脂の乗った活躍ぶりを示している。

 そんな彼の待望の監督第2作となった本篇は、『クラッシュ』や 『父親たちの星条旗』で見せたような多視点や異なった時系列の交錯する複雑なプロットではなく、行方をくらました兵士を捜すひとりの父親の視点を中心とした、比較的ストレートな語り口となっている。主演が『メルキアデス・エストラーダの3度の埋葬』や『ノーカントリー』で渋い演技を披露したトミー・リー・ジョーンズであることも手伝って、その味わいはハードボイルド・ミステリに近い。

 実際、本篇における主人公の肉付けは、ハードボイルドの定石に則りながら、独自に現代的な調整を施している。如実なのは、こういうタイプの主人公にありがちな、先端技術へのアレルギーを発揮しないどころか、息子との通信手段にパソコンを用い、送られてきた写真はまずモニターで確認する。自分で解析する技術こそないが、息子が部屋に置いていた携帯電話の外部メディアから回収、専門家に復原させた動画データもパソコンで再生している。違和感なく、かといって過剰に専門的になることなく、ごく普通に受け入れているあたりが特徴的だ。それ以外にも、就寝するベッドを丹念に整えたり、ビールを飲むときに少しだけ注いで飲み干したり、と細かな仕種を丹念に描き出すことで主人公であるハンクの人間性を浮き彫りにしていく、その厚みのある表現に渋みがある。

 そのあたりには、実話をもとにしたストーリー展開にミステリ的な側面が色濃いことも一因があるのだろうが、ただ事件の解きほぐし方はあまり込み入っておらず、ために謎で引き付けることが難しくなる中盤あたりで中弛みしている印象がある。このままだといささかグズグズな終わり方になるのでは、としばし危惧したが、しかしその不安は終盤であっさりと一掃される。

 そこまでに淡々と描かれてきた細かなエピソードがすべて、イラク戦争に派遣された若者たちの孕む心の闇を仄めかしていたことが、終盤30分で急激に明かされていくのだ。ここで味わううそ寒い感覚は、序盤でさらっと提示された要素に対して思いがけない答が明らかになるあたりで最高潮に達する。あまりに淡々としているだけに漫然と観ていては衝撃も乏しいかも知れないが、真っ向から向き合うと、静かに激しい戦慄に襲われるはずだ。そしてその戦慄は更にあと、序盤から点綴されていた描写が主人公ハンクの脳裏で結びついた瞬間にいっそう膨れあがり、喩えようもない哀しみに繋がる。

 明かされる真相はおよそ救いのないものだが、しかし本篇は不思議とただ重いばかりの決着とはならない。そこに、ハンクの捜査に途中から積極的に関わっていく女性刑事とその息子のエピソードが効いてくる。事件の背景と微妙にリンクするある描写が、ここで綴られる悲劇の普遍性を感じさせると同時に、抑制する力があることを仄めかして世代間の垣根を取り払う。そして最後に、死んだ息子の遺したものに対するハンクの扱いが、息子の死への想いを穏やかに代弁する。その向き合い方が決して後ろ向きでないからこそ、物語のラストは決して暗いだけのものに陥っていないのだ。

 中盤の弛みをはじめ、全般に構成に緩みを感じさせるために、『クラッシュ』ほどの圧倒的な完成度とは感じられないが、しかし伏線の巧みさ、主題の重みとその表現力はただただ圧巻と言うほかない。やはりこのポール・ハギスという人物、今後とも注目する必要があるだろう。

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