画家の目から見た世界。

 今日も今日とて映画鑑賞です。TOHOシネマズの鑑賞ポイントが貯まりまくっているので、今回はそれを利用――以前はシネマイレージ目当てで“上映時間が90分以内の作品で使う”というルールを敷いていたのですが、最近短い尺の映画があんまりかからないので、110分くらいまでなら許容範囲、ということに変更しました……。

 訪れたのはTOHOシネマズ上野、鑑賞したのは、誰もが知る画家ゴッホが晩年、なにを見、なにを思っていたのか、を生前の手紙などをもとにウィレム・デフォー主演で描きだしたジュリアン・シュナーベル監督作永遠の門 ゴッホの見た未来』(GAGA×松竹配給)。ちょうど上野の森美術館ゴッホ展を開催中なので、その予習として――ではなく、純粋にウィレム・デフォーゴッホを演じた、と聞いてずーっと楽しみにしていた1本なのです。

 いわゆる伝記映画的に構成するのではなく、遺された手紙や、そこから類推される出来事、本人の信条を点綴し、ゴッホが感じていた世界の再現を試みているみたいな作品。意識的に多用した主観視点の映像の、いかにもゴッホらしい黄色い光が溢れる世界や、半分が滲んだような画面が、確かに彼の見ていたものを疑似体験させてくれてるような感覚に陥ります。絵を描くことしか出来なかった異才の苦しみと、それでも描き続ける喜びが溢れていて、決して劇中では報われていないのに不思議と快い。自ら耳を切る場面や、死に至る謎の銃撃事件のくだりについて、変な推測はもちろん、直接描くことを避けているのも、ゴッホの世界観を味わう妨げとなるのを怖れてのことでしょう。切ないんですが、何故だか幸せを感じる物語。そして期待通り、ウィレム・デフォーゴッホは素晴らしかった。

 映画鑑賞のあとは外食することが多いのですが、今日は終了時間が早めで、お昼頃には家に帰り着けるため、自宅にて食べました。

感想が進まぬ。

 このところ体調の乱れで集中が続かなかったり、身体はおおむね快調でも目のコンディションが悪かったり、でなかなかパソコンに向かっているのが難しい。ぼんやりと画面を観ていることは出来るので、映画やテレビを観ることは可能なんですが、文章を書こうとするとどうにもしんどい。

 今日になってようやくちょっと余裕が出てきたので、久々にまともに書き進めましたが、しかし1本仕上げるところまで至らず……ただ今日については、読みかけの本を片付けることを優先したせいもあるのですが。ラヴクラフト楽しい。

 明後日あたりには、久々に1本、映画感想をアップしたい――出来たらいいなあ。

ブラッド・ピットがピッチピチ。

 プログラム切替直後の火曜日なので、午前十時の映画祭10-FINALを観てきました。数日前までの予報では今日は雨の可能性が高かったはずですが、夜のうちに降り尽くしたようで、雲はあるけれど雨の気配はない。今回も自転車で出かけてきました。

 TOHOシネマズ日本橋にて鑑賞した今コマの作品は、『エイリアン』のリドリー・スコット監督、ヴァカンスのはずが人を殺してしまい、想定外の逃避行に出る羽目になった女性ふたりの姿を軽快に描き出したテルマ&ルイーズ』(松竹富士初公開時配給)

 女性版『明日に向って撃て!』と言うのは簡単ですが、罪を犯すプロセスが明瞭で、しかも追い込まれているにも拘わらず奇妙な軽快さ、爽快感があって、あちらとは異なる光芒がある。リドリー・スコット監督らしく高いヴィジュアル・センスと、随所に緊張やスリルを盛り込んだ娯楽性の優れた作りもしっかりしてる。アメリカン・ニュー・シネマの影響を窺わせつつも娯楽として魅力的な仕上がりになってます。

 実のところ、私にとってこれはいずれ観なければいけない作品だったのです。何故なら、ブラッド・ピットが本篇の脇役で一躍注目され、スターへの道を歩みはじめたきっかけの作品だったから。実際に観てみると、本篇ではそれほど出番が多いわけではなく、演技力を発揮するような役回りではないんですが、しかし人気が出るのも頷けるくらい魅力的。このひとはいまでもそんなに要旨が変わったという印象はないんですが、それでも本篇の彼はやっぱりピッチピチでした。



 なお、今年の午前十時の映画祭で、私が観たことのない作品はこれで最後です。あとはすべて、いちどは劇場で観たものばかり――ただ、劇場では観てるけど、ホームページとかを始める前に鑑賞していて、感想をアップしていない作品がひとつだけある。なので、午前十時の映画祭の感想をアップするのもあと2本……

 ……ということにはならない。一時期、感想を溜めまくっていた時期に放置してしまったものがまだまだあるので、私にとっての午前十時の映画祭はとうぶん終わらないのであります。

気をつけて、わたしの愚かな心。

 今日も今日とて映画鑑賞です。本日の目的地は、ヒューマントラストシネマ有楽町――近くまで行く機会は多いけれど、何故かあまり立ち寄る機会がなく、実に5年振りでした。

 しばらく観に行くものを迷って、昨晩やっと確保したのですが、その直後にひとつの、忘れていたことを思い出した。きょう、有楽町周辺は山手線が走ってないのです。途中で乗り換えれば辿り着くことは出来ますが、大幅に電車賃がかかる。電車での移動手段が制限されるぶん、バイクの駐車場なんかも埋まってそうだなー……と悪い予感を抱きつつも、あんましガソリンを寝かせたまんまにしておきたくないので、他の駐車場もいくつか洗いだしたうえでお出かけ。

 ……むしろ人出が少ない。

 移動したのは9時台で、少々朝早めではありましたが、それにしても車通りまでが少ない。当然、駐車場もしっかり空きがある。けっきょく何の問題もなく、余裕をもって劇場に到着しました。

 鑑賞したのは、ジャズ界のレジェンド、チェット・ベイカーが謎の死を遂げるまでの数日間を、証言をもとに再現しつつ、アクションを絡めて哲学的に描きだしたマイ・フーリッシュ・ハート』(Broadmedia Studios配給)

 いまだ真相が不明な死の謎を解釈する、というものではなく、最晩年の人物像を、架空の人物である刑事の姿と重ねて描くことで浮き彫りにする試みでした。だから、最終的にチェットの話ではなく、少々幻想譚じみた内容になってしまうのが、チェットに関心をもって鑑賞したひとには不満材料になるかも知れない。しかし、短い尺の中で効果的に用いられる、本物を彷彿とさせる演奏やスタイリッシュな映像が醸しだすムードは秀逸。バイオグラフィーとして鑑賞するのではなく、その最期の生き様を土台とした文芸作品として鑑賞するべきだと思う。

 当初は映画のあと、新しいラーメン屋を開拓するつもりだったんですが、映画館を出てすぐの有楽町駅前の広場で愛知県のフェアをやっていて、ちょうど真ん前できしめんを売っているのを眼にして気が変わってしまった。みかんが練りこまれた変わり種をお薦めされたので、それを購入して、自宅で食べました。

ようやく理想の視聴環境が整った。

 自宅の通信環境を整理したことで、デスクトップと複数のレコーダーおよびSTBが同じネットワーク上に配置されることになりました。と、いうことは、もしかして――と思って、先日、あることを試してみた。

 デスクトップから、STBやレコーダーの映像が観られるようになりました。

 これらの機器が対応しているDLNAというのは本来、そーいうもののはずなのです。が、いままではレコーダーやSTBが親の部屋にある都合上、親が契約していたほうの回線に配置していたため、別の回線で利用していた私のパソコン類からだと外部の回線を経由することになり、どうしても接続が安定しない。しかし、回線を統一したいまなら問題なく出来るのでは? と気がついた。

 私が利用しているレコーダーはすべてPanasonic製品です。ここでは公式で、パソコン上から録画番組などを鑑賞できるアプリをリリースしている。利用できるようになった直後にいちど試してみたことはあるのですが、私の環境ではまともに鑑賞出来なかった。

 しかし、今回再度ダウンロードしてみたら、まったく問題なく動作しました。録画番組どころか、STBで受信できるBS・CSの番組をリアルタイムでも鑑賞出来る。お陰様で、一昨日は日本映画専門チャンネルで放送していた『古畑任三郎』を表示させながらパソコンを動かしてました。

 それなりに回線に負担がかかりそうなので、ラジオの録音など、途切れると困るタスクが進行しているときは控えてますが、何にせよ、これでやっと、昔から欲しかった視聴環境が実現しました。

 ……ほんとに長かったのよ。だって、パソコンを導入したごく最初の頃から、どうにかしてウインドウでTV画面を表示させておく、というのに挑み続けてたんですから。そんな複雑なこと望んでたつもりなかったんですけど。